舞台の幕が降りる…―。
私の隣で腕組みをしていたフロストさんが、一つ大きなため息を吐いた。
フロスト「……」
(フロストさんが教えてくれなかったところは、意味はわからなかったけど)
(フロストさんが遠くてドキドキも遠のいた分、目で楽しめたな)
○○「フロストさん、すごく楽しかったですね」
フロスト「……帰るぞ」
フロストさんは、私に答えることなく席を立つ。
帰る人々に挨拶をしていた役者さんが、私達にも丁寧に頭を下げてくれた。
(あの盗賊の役者さんだ)
役者「おや、こんな立派な旦那とお嬢さんにいらしていただけて、今年は縁起がいいや。 どうでした? お気に召しましたでしょうかね」
握手を差し伸べられ、私はその手を取ろうとする。
○○「はい、とても素敵で…―」
手が触れる直前、フロストさんにその手を掴まれた。
(フロストさん?)
フロスト「素晴らしい公演だった。新年早々、いいものを見せてもらった。 これは俺の大切な姫でね。体が冷えるといけないので、失礼する」
そう言うなり、フロストさんは私の手を引き足早にその場から遠ざかっていく。
○○「あの、フロストさん? 私なら、お借りしたマフラーがあるので大丈夫ですけど……」
立ち止まることなく進みながら、フロストさんが私を振り返る。
フロスト「……楽しかったか?」
○○「え? はい、すごく!」
フロスト「そうか、それは何よりだ」
○○「伊右衛門が悪い人を倒すところなんて、すごく格好よ…―」
そこまで言うと、不意に口に何かを入れられ、言葉を続けることができなくなってしまう。
○○「ん……っ」
(甘い……飴?)
何が起こったのかわからずに瞬きを繰り返していると、フロストさんが冷たい眼差しで私を見下ろした。
フロスト「あんず飴と言うそうだ。舐め終えるのに時間がかかりそうだな。 新年早々、何故俺がこんな気分に……」
○○「???」
(私、何かしちゃったかな……?)
そっと袖を引くと、彼がゆっくりとこちらを振り向く。
フロスト「……あの男が、そんなに格好良かったか」
(もしかして……)
(やきもち……なのかな?)
○○「あの……」
フロストさんは、私に背を向けてしまう。
フロスト「俺の隣で他の男に視線を奪われる女など、初めてだ。 お前、気は確かか?」
(やきもちなんだ……何だか、嬉しい)
(でも、私、舞台どころじゃなくて、フロストさんのことばかり見ていたんだけどな……)
言葉にする代わりに、フロストさんの背中に、そっと額を預けた。