高くまで登った太陽が、木の枝に残っていた雪を溶かしていく。
窓の外の雪解けの音を聞きながら、私達はおせちのお膳を囲んでいた。
フロスト「うまい……が、これでは腹にたまらん」
ひとしきり食べてから、フロストさんがお箸を置く。
○○「じゃあ、何か作りましょうか」
フロスト「ほう、お前、料理ができるのか」
○○「あまり上手じゃないですけど……台所を借りられるでしょうか」
フロスト「ああ、大丈夫だろう。今日、この旅館は貸切だ」
○○「え!?」
フロスト「そうと決まれば、厨房に行くぞ。それで、何が作れるんだ?」
そうして台所に到着すると、私は旅館の方に尋ねながら材料を探していく。
○○「フロストさん、好きなものは何ですか?」
フロスト「ウイスキー」
○○「……」
(ウイスキーの入ったお料理って、あるのかな)
私は、台所の隅にある料理本を開く。
フロスト「何でもいい。お前の元いた世界の料理に興味がある」
フロストさんは、私の手から料理本を取り上げた。
(何だか、嬉しいな)
○○「……はい」
フロストさんは、壁にもたれて物珍しげに台所を観察している。
(難しいものは、自信ないし)
○○「お雑煮……とか?」
フロスト「象煮? 象を食ったことはないな」
フロストさんは、驚いたように目を丸くする。
○○「いえ、象じゃなくて……えっと、お餅の入ったスープみたいな」
フロスト「オモチが何なのかも知らないが、スープは好きだ」
○○「じゃあ、お雑煮にしますね。お口に合うといいんですけど……」
私は、早速お雑煮作りにとりかかった。
お鍋に出汁を張ってから、野菜を洗う。
次に、火鉢に小さな火を起こし、お餅を網に載せた。
フロスト「それは……何をしている?」
にんじんを花形にくり抜いていると、フロストさんが興味深そうに近寄ってくる。
○○「にんじんをお花の形にしてるんです」
フロスト「ほう、それがにんじんか」
○○「え!?」
フロスト「切られたものしか見たことがない」
(そうなんだ……)
○○「何だか、ホッとしました」
フロスト「何故だ?」
○○「フロストさんにも、知らないことがあるんだなあ……って」
フロスト「当たり前だろう」
○○「でも、完全無欠なんじゃないかなって思ってたから……」
フロスト「……次から、野菜の実物について勉強することにしよう。 それで、なぜにんじんを花形にしているんだ?」
○○「こうしておくと、お椀に浮いた時に綺麗に見えるでしょう?」
フロスト「なるほど、中々考えているな」
フロストさんは、にんじんをつまみ上げ、しげしげと見つめる。
フロスト「貸せ。これくらい、俺にもできる」
○○「い、いえ。フロストさんは疲れてるんですから」
フロスト「いいのか? そっちで鍋が何やら吹き出しているが」
○○「あ!」
フロスト「これを使うんだな」
私が火を調節している間に、フロストさんは器用ににんじんを花形に切り抜いていた。
○○「すごい。上手ですね」
フロスト「料理をするのは初めてだが、悪くない。 料理人達は、こうして作っていたんだな」
フロストさんは、楽しそうににんじんを切り抜いていく。
(こんなことも、珍しいんだ)
○○「じゃあ、にんじん、お願いします」
他の野菜を手早く切り、お餅の焼け具合を確認する。
お餅はちょうどぷっくりと膨らみ、香ばしい香りを醸していた。
フロスト「その奇怪なものは、なんだ」
○○「これですか? お餅です」
フロスト「これがオモチか……」
一つ一つに驚くフロストさんがなんだか可愛くて、私は思わず笑ってしまう。
お餅も焼き上がり、お汁も煮えたところで、お汁を小皿に取り味見をした。
○○「熱……っ」
思ったよりもお汁が熱く、唇を火傷してしまう。
フロスト「何をした」
○○「いえ、味見をと……」
フロストさんが私の唇に軽く触れ、自分の方が痛そうに顔をしかめた。
フロスト「馬鹿なことを……」
○○「たいしたこと、ないですから」
フロスト「……」
そして、小皿を取り上げると、慎重に味見をした。
○○「どう……ですか?」
フロスト「美味い。 きっと、俺が切ったにんじんがいい味を出しているのだろう」
得意げに言って、フロストさんは手振りでもう一口味見を催促する。
ひとすじすくって小皿を差し出すと、嬉しそうに受け取った。
フロスト「お前は冷めてからにしろ。まあ、熱いほうが美味いが」
(穏やかな新年……楽しんでもらえているかな)
お雑煮の香りが台所を満たしている。
美味しそうに味見をするフロストさんを見ていると、何だか胸が幸せで満たされていくのだった…―。