??「恋を、してしまったのですね……桜花殿」
空気を凍りつかせるような怒りをまとって現れたのは、紫珠さんだった。
国王「し……紫珠! なぜここに……!?」
紫珠「恋をした感想はいかが? 身を引き裂かれるほどに苦しいでしょう……」
国王「紫珠……悪いのは私だ。どうか息子を助けてくれ」
国王様が、すがるような声を上げる。
紫珠さんは国王様をちらりと一瞥し、口元を歪ませる。
紫珠「……情けないこと」
一層青ざめて、生気を失わせていく桜花さんをかばうように、私は立ちはだかった。
○○「紫珠さん……お願いです。桜花さんの呪いを、解いてください! 私にできることなら、なんでもしますから……!」
必死に、彼女に訴えたその時…―。
紫珠「……」
(紫珠さん……?)
ほんの一瞬だけど、紫珠さんの瞳が切なげに揺れたように感じた。
紫珠「……ここは邪魔が多すぎて、静かに死ぬこともできないですね。ねえ、桜花殿?」
不意に黒い煙のようなものが現れ、紫珠さんと桜花さんを包み込んでゆく。
桜花「……!!」
煙が消えるとともに、ゆっくりと二人の姿も掻き消されていく。
○○「桜花さ…―」
慌てて桜花さんの手を取ろうとしたけれど、間に合わなかった。
紫珠「……神殿へ、いらっしゃい」
煙が完全に消える間際、私の耳にその声が滑り込んでくる。
はっとして周囲を見渡した時には、二人の姿はもうどこにもなかった…―。
…
……
呪術により連れ去られたどり着いたのは、紫珠の神殿の裏山だった。
桜花「なぜ……わざわざ、このような場所まで?」
苦しげにそう問うと、紫珠は独り言のようにつぶやいた。
紫珠「初めて会ったのは、ここでした」
夕陽が優しく木々を照らし、野花が可憐に咲いている。
その光景を静かに眺める紫珠に、桜花は優しく微笑んだ。
桜花「私は……紫珠殿に感謝しています」
紫珠「……何を」
桜花「紫珠殿のおかげで、本当の恋を知ったのですから」
紫珠の目が大きく見開かれた…―。
…
……
私は肩で息をしながら、その場に膝をついた。
(桜花さん…)
紫珠さんの神殿を目指して、走り続けた。
彼女の表情を、声を、思い出す。
(きっと……悪い人じゃない)
なぜだか私には、そう思えた。
(あの林を抜ければ、神殿が……)
その時…―。
桜花「○○さん……!」
○○「桜花さん!?」
桜花さんの声が聞こえて、私はハッと顔を上げた。
桜花さんを連れ去った黒い煙が再び視界を覆い、ゆっくりと晴れていく……
そこには、紫珠さんと桜花さんが立っていた。
桜花「○○さん……!」
桜花さんが、おぼつかない足取りで私の傍へ来てくれる。
○○「よかった……桜花さん、生きてる」
その温もりを確かめるように抱きしめてしまうと、桜花さんが優しく頭を撫でてくれた。
桜花「ええ。あなたに恋をしていますが、生きています」
私を抱きしめたまま、桜花さんはゆっくりと紫珠さんに向き直った。
闇が深くて、紫珠さんの表情はこちらからはわからない。
紫珠「……恋をすると、命がなくなる呪いをかけたのに。それでも、いいのですね」
桜花「○○さんへの想いを偽って長く生きるよりも、私は想いを咲かせて散りたいのです」
紫珠さんは続いて、問うような眼差しで、私を見つめる。
○○「桜花さんが死ぬことを考えると……悲しくて辛くて、心が張り裂けそうになります…。…でも、桜花さんに想ってもらえて幸せです。 桜花さんが一緒にいたいと望んでくれるなら、私も……傍にいたいです」
沈黙が風と共に、木々を、草花を揺らしていく。
幾ばくか時間が経過し、やがて紫珠さんが口を開いた。
紫珠「……さようですか」
微かに微笑んだかと思うと、呪文のようなものを唱え始める。
桜花「……!」
私を抱く桜花さんの力が強くなる。
(もしかして、呪いの呪文……!?)
次の瞬間…―。
桜花「……っ!」
私達は、穏やかな光に包まれていた。
(綺麗……)
やがて、光が消えると……
桜花「……!?」
○○「桜花さん……?」
青白かった桜花さんの顔に生気が戻り、荒い息もおさまっていた。
桜花「まさか、呪いが……解けた?」
紫珠「違います……呪いを、かけたのですよ」
紫珠さんはそう言うと、背を向けて立ち去ろうとする。
桜花「紫珠殿、お待ちください!」
桜花さんの呼び掛けには振り向かないまま、紫珠さんはつぶやく。
紫珠「この場所で、愛を誓ってくれて……嬉しかった」
(紫珠さん……?)
紫珠「今ここで誓った想いを、どちらかが裏切った時……二人に、死が訪れます」
紫珠さんは一度だけ振り返り、微笑んだ。
紫珠「せいぜい呪いを恐れながら……末永く生きるといいでしょう」
そう言うと、今度こそ紫珠さんの姿は見えなくなった。
桜花「……紫珠殿」
桜花さんは、もう姿の見えなくなった紫珠さんがいた方へと、深々と一礼した。
そして顔を上げると、私をまっすぐに見つめる。
その瞳には、強い意志が宿っていて…―。
桜花「……○○さん、私達、呪われてしまいましたね」
○○「桜花さん……」
桜花「あなたのおかげで、私は望んではいけないと思っていた幸せを手にすることができた。 私は誓います……変わらぬあなたへの愛を……永遠に」
私達は見つめ合い、微笑み合った。
こんな素敵な呪いなら、一生解けなくてもいい。
夜明けの空はとても美しく輝いている。
まるで、これからの私達の未来を暗示しているようだった…―。
おわり。