まだ鳥達が起き出したばかりの早朝…-。
(俺は、なぜこんなことを……)
俺は、自分でも驚くことに城の厨房に立っていた。
(ここに来たのは、子どもの頃に忍び込んで以来だな)
熱の引かない〇〇に朝食を用意しようと思い立ったのは、夜明け前のことだった。
料理頭「キース様、よろしいですか? まずはこのトウモロコシを…-」
手にした黄色の農作物と、右手で握っている小刀を見比べる。
(料理なんて、したこともないくせに)
(それでも、あいつの苦しそうな顔を見たら、何かしてやりたくなって……)
(だいたい、こんな奇妙な物体が、あのコーンスープになるのか?)
黄色の農作物に小刀を振り下ろす。
料理頭「キース様!」
手が切れた……
(この黄色が、こんなによく滑るとは……)
(そもそも、剣術以外で体に傷をつくったのは、どれくらいぶりだろう)
しみじみと考えていると、料理頭が慌てて駆け寄ってきた。
料理頭「大丈夫ですか!? すぐに医師を!!」
キース「騒ぐな。こんなことで医師など」
メイドや料理人達が顔色をなくしている。
料理頭「キース様、もう後は私共でいたしますので……!」
キース「いい。次はどうするのだ」
料理頭「キース様……」
メイドに簡単な消毒を許した後、俺は再び料理に戻った。
(〇〇は、喜ぶだろうか)
…
……
自分で作った料理を人に振る舞うというのは、なんとも面映いものだ。
キース「食べられる味になっているはずだ」
柄にもなく鼓動が早まる。
(料理人は、毎日こんな思いを……?)
〇〇「もしかして、キースさんの手作りですか……?」
キース「……不満か」
〇〇「いえ、そんな……! い、いただきます」
〇〇が、俺が作ったスープを口に運ぶ。
(大丈夫だ。味見はした……)
キース「……どうだ」
〇〇「お……おいしいです……」
(……!)
思わず安堵のため息が出て、慌てて咳払いをした。
キース「そうか」
〇〇が、嬉しそうに笑って……
キース「なんだ」
(この顔が見たかったはずなのに……)
〇〇「いえ、嬉しくて……」
(そんな顔をするな……)
胸が跳ねて、慌てて胸元に手をあてる。
キース「……お前が雨に濡れたのは、二日とも俺のせいだからな」
(そうだ……俺のせいで、お前は熱を出した)
(すまない、そう言いたい……)
〇〇「キースさん……?」
キース「……いい、気にするな。それより、氷枕を変えよう」
〇〇「いえ、キースさんにそんなことしていただくわけには……」
キース「いいから……」
(このくらい、させてくれないか)
強引に言って氷枕の中身を変えようとするが、慣れぬことに中身をこぼしてしまった。
キース「悪い……」
〇〇「い、いえ」
キース「俺は人を使う側の人間なんだ。こういうことは、不慣れなんだ」
(だが、お前のためなら、何かしてやってもいいと思える)
(裏目に出るばかりだが……)
〇〇が目を細める。
その穏やかな笑顔は、俺の心を暖かな喜びで満たした。
(やはり俺は、お前の笑顔が見たいようだ)
そうすることが当たり前であるかのように、俺の手が彼女の髪を撫でる。
(そのためなら、何度でも)
〇〇「キースさん?」
キース「……いや」
先ほど厨房で切った指先を見つめ、ふっと笑みがこぼれる。
(決して言ってはやらんがな)
柔らかな彼女の髪を引き寄せたい衝動を抑え、俺はゆっくりと瞳を閉じた…-。
おわり。