キース『いつまで、そんなことをしているつもりだ』
キースさんが私の顎をそっと持ち上げる。
〇〇「あ、あの……?」
ドキドキと音を立てる胸を抑えながら、私は何とか彼を見つめた。
キース「オルゴールのことなら、もういいと言っただろう。 俺の世話などする必要はない」
〇〇「でも……」
(やっぱり、きちんとオルゴールのお詫びをしたい)
キース「それよりも、俺の子どもじみた一言のせいで風邪までひかせて……悪かったな」
〇〇「そんな……」
キース「今度は俺が詫びる番だ。お前は、俺に何をしてもらいたい?」
〇〇「え……?」
顎を持ち上げていた指をそっと私の肩に置き、彼は私の顔を覗き込んだ。
〇〇「私は、してもらいたいことなんていいんです」
キース「考えろ。俺の気が済まない」
彼の真剣な眼差しを受けて、私の頬が熱を帯びる。
(奴隷になれと言われてから、何かすることしか考えなかった)
(何て言われても、私はキースさんに何かしてあげたい……)
〇〇「私は、キースさんの傍にいられたら……っ」
思わず飛び出した言葉に、私は口を覆う。
(私、何を言って……!)
恥ずかしくて、思わずキースさんから顔を背けてしまった。
キース「いいだろう」
キースさんはそんな私を見つめ、ふっと笑みをこぼした。
…
……
翌日…-。
朝の支度を終えると、部屋の扉がノックされる。
(誰……?)
不思議に思いながらも扉を開けると、そこにはキースさんが立っていた。
キース「迎えにきた」
〇〇「え?」
キース「こちらへ」
腕を差し出され、エスコートされるままに城を出ると、そこには美しい馬車が止まっていた。
〇〇「これは……?」
キース「街へ行く」
優しく微笑みを浮かべ、キースさんは馬車の入り口で私に手を差し出した。
キース「乗れ」
その手を取ると、私は、夢を見ているような気持で馬車に乗り込んだ。
間もなく馬車が動きはじめ、私は向かいで外を眺めているキースさんをそっと見つめる。
(急に、どうしたんだろう)
(いきなりお姫様になったみたい)
キース「……何か用か?」
〇〇「い、いえ、何でも……」
キース「……」
見つめられると、私の胸がドキドキと音を立てる。
キース「俺はお前に用がある」
〇〇「は、はい……っ」
キースさんはおもむろに私の首の後ろを引き寄せると、耳元に唇と寄せた。
キース「ずっと傍にいろ」
キースさんの右手が、私の手首を掴む。
キース「お前が気に入った」
〇〇「え……っ」
キース「傍にいたいのだろう?」
口元だけで微笑んで、彼は私の唇を指先で撫でた。
キース「望みを叶えてやろう」
そう言うなり、彼は私を抱き上げ、自分の膝に横向きに座らせる。
〇〇「キースさん……っ」
驚いて声を上げると、彼は窓枠に肘をついて、私の瞳を覗き込んだ。
キース「……なんだ」
彼の腕が私の腰元をしっかりと支えている。
そうして、不意に私の顎を持ち上げると……
〇〇「ん……っ」
彼は私の唇を、風のような早さで奪った。
キース「それとも、他に望みができたか?」
そう問われても何も考えられず、私の胸は高鳴っていくばかりだった。
〇〇「いえ……」
キース「そうか」
キースさんは満足そうに微笑んで、窓の外へと目を向ける。
(他に、望みなんてないかもしれない……)
その端正な横顔を眺めながら、私はそんなことを思う。
窓の外では、木々が赤く色づき始めていた…-。
おわり。