濡れたうなじが、少し寒い・・・―。
○○「キースさん、お風呂の準備ができました」
雨に濡れてしまった体を温めるために、私はバスタブにお湯を張り、香油を垂らしてから、キースさんを呼びに行った。
キース「・・・・・・お前の方が濡れているだろう。先に入れ」
ソファに掛けていたキースさんが、私の髪にそっと手を伸ばす。
○○「いえ・・・・・・私大丈夫です。どうぞ先に入ってください」
頬が熱を持ち、それを覚えられないように私はうつむいて言った。
キース「では、俺と一緒に入れ」
○○「え・・・・・っ」
キース「お前は俺の奴隷だろう?」
○○「あ、あの・・・―」
戸惑いに何度も瞳を瞬かせながらも、ゆっくりと頷いた。
(奴隷、だから・・・・・・)
そのままキースさんの瞳を見ることができずにいると、彼はかすかに微笑みをこぼした。
キース「そんなに動揺しなくてもいいだろう。 ・・・・・・まあ、いい」
そう言って彼は、一人バスルームへと向かう。
扉が閉まり、一人になると、私はほっと胸を撫で下ろした。
(よ、よかった)
その時・・・―。
キースさんの机の上に、オルゴールの破片が集められているのを見つける。
(私が壊してしまったオルゴール・・・・・・)
(キースさんが集めたのかな)
美しい細工が施された木箱に、大切に納められたその破片がキラキラと光りを放っている。
(本当に、大切なものだったんだ)
胸がぎゅっと締め付けられる。
ポケットに入っている、ハンカチに包まれた破片を取り出した。
(こんなにバラバラにしてしまって)
(私にできることは・・・・・・)
私は、ハンカチの中の破片をそっと箱に入れた。
・・・
・・・・・・
やがてキースさんがお風呂から戻ってくると、私は先ほどの決意を胸の中で確認する。
○○「お水をご用意しますね」
キース「・・・・・・」
キースさんは、一瞬驚いたように私を見つめる。
キース「・・・・・・いい」
○○「え・・・・・・」
キースさんは背を向けて、私が用意していたレモン水を自分でコップに注いだ。
○○「・・・・・・言われた通りにできなくてごめんなさい。 これからはちゃんとやります。 私は・・・・・・キースさんの奴隷だから」
キース「・・・・・・」
○○「大切にされていたオルゴールのお詫びには、程遠いかもしれませんけど・・・・・・。 何でも仰ってください」
私は深々と頭を下げる。
しばらくすると、キースさんがつぶやくように口をひらいた。
キース「あれは、死んだ姉の形見だ。 事故で死ぬ直前、俺の誕生日プレゼントに贈ってくれた。 公務に追われる俺が、せめて夜は良く眠れるように・・・・・・、自作の曲を入れてくれていた」
○○「!」
(そんな大切なものを・・・・・・!)
○○「・・・・・・私、取り返しのつかないことを」
オルゴールに込められた想いを知って、胸が潰れしまいそうになりながらキースさんを見つめる。
すると、箱の破片を見つめていた彼は、そっと目を閉じた。
キース「・・・・・・奴隷云々を本気にするとは思わなかった。 もう、いい。形あるものは、いつか壊れる」
キースさんは、ふっと寂しそうに目を細める。
その口元に浮かんだ微笑みに、私の胸がひどく軋んだ・・・―。