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女中「桜花様が苦しんでいらっしゃるのは……大病ではなく、呪い……なのです」
○○「呪い……?」
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不安な気持ちを抱えながら、桜花さんの部屋の襖を開くと…―。
桜花「○○さん……」
部屋に入ると、桜花さんは半身を起こして静かに微笑んでいた。
桜花「○○さん、心配をおかけして、……っ!」
言いかけて、激しく咳き込んでしまう。
○○「桜花さん……!」
傍に駆け寄って背中をさする。
額に汗をにじませて咳き込む桜花さんを見て、従者の方が私に向き直る。
従者「桜花様! やはり……○○様、申し訳ありませんが、今日はこれで……」
桜花「……大丈夫だ」
従者「しかし!」
胸を押さえながらも、桜花さんは迷いのない瞳で言った。
桜花「○○さんに、話しておかなければならない。 私の……呪いのことを」
従者「桜花様…―」
なおも言いかける従者さんを手で制して、
桜花「すまない……二人きりにしてくれないか」
従者「……わかりました。しかし、くれぐれもご無理をなさらぬようにお願いします」
桜花「……ありがとう」
従者さんは心配そうな顔をしながらも、部屋を出ていく。
私と桜花さんの二人だけが、部屋に残された。
○○「桜花さん……呪いって……」
桜花「……」
桜花さんは、静かな微笑みを湛えながら、ぽつりぽつりと話し始めた…―。
桜花「私が生まれる前、父は母以外の女性と恋に落ちました。 しかし、その恋は周囲から反対されました……立場も、身分も、すべてが許されない境遇だったのです」
そこまで言って、桜花さんはぎゅっと手を握りしめる。
桜花「父も……簡単にその恋を手放してしまいました。 父に裏切られたとその女性は怒り、私が生まれると呪いをかけたのです……」
○○「その女性って……」
桜花「呪術師の紫珠です」
○○「紫珠さんが……!」
驚きで言葉を失うと同時に、私は紫珠さんのことを話す桜花さんの様子を思い出した。
(だから……紫珠さんの話題を避けてたんだ)
○○「呪いとは……どのようなものなのですか?」
桜花「恋をしたら……死んでしまうという呪いです」
桜花さんは私の顔をじっと見つめると、悲しそうに微笑む…―。
桜花「私は……あなたに恋をしてしまいました」
○○「……!」
(桜花さんが、私に……?)
その言葉に、胸が早鐘を打ち始める。
桜花「それで呪いの影響が……今、出ているのです」
(そんな……)
(あの言葉は……こういうことだったんだ)
嬉しい気持ちと、悲しい気持ちが同時に襲ってきて、心が真っ二つに裂けてしまいそうだった。
○○「……」
動揺に、思わず目を伏せてしまうと……
桜花「……やっぱり」
桜花さんの手が、そっと私の手に重ねられる。
桜花「この話をしたら、あなたにきっと悲しい顔をさせてしまう……そう思っていました。 でも、あなたに話さずにはいられなかった」
私の手を握る桜花さんの手に、力がこもる。
桜花「どうか、そんな顔をしないでください。勝手ですが……あなたには、笑っていてほしい」
私はその手を優しく握り返し、頷いた。
ほっとしたように微笑む桜花さんを見て、涙が出そうになる。
(どこまでも……優しい人)
桜花「私の、傍にいてくれませんか……」
早まる鼓動と、込み上げる切なさが私の中に芽生えていた感情を、確かなものにする。
(私も、傍にいたいです……)
喉まで出かかった言葉を、必死で飲み込む。
(桜花さんを失いたくない)
(桜花さんと、一緒にいたい……)
相反する二つの想いが、私の胸を締め上げる。
桜花さんの眼差しを受け止めて、今は微笑みを返すことで精一杯だった…―。