桜花「ここは…」
少しだけぼうっとする頭を振り、辺りを見回す。
(花畑…?)
一面に広がる花畑の横には、大きな川が流れていた。
(いったいどうして…私は、〇〇さんを追って紫珠殿の神殿にいたはず…-)
ーーーーー
桜花『〇〇さん、好きです』
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(……)
(そうか、私は…)
少しずつ記憶の糸を手繰り寄せ、〇〇さんに想いを告げられたことを…-。
……自分の命が散ってしまったことを、静かに悟る。
(ということは…ここは黄泉の国への入り口、といったところでしょうか)
大きな川を見つめながらそう思った瞬間、強い風が吹き抜ける。
桜花「っ…!」
思わず閉じていた目を開けると、辺り一面を色とりどりの花弁が舞っていた。
(なんと美しい…)
手のひらをかざし、一枚の花弁をそっと受け止める。
(…〇〇さん)
私は手にした花弁を見つめながら、心の中で今ここにはいない彼女の名前をそっと呼ぶ。
(あなたがこの国にいらしてくれた時も…)
(このように、花弁が舞っていましたね…)
ーーーーー
桜花『これは必要なかったですね』
〇〇『も、もしかして…迎えに来てくださったのですか?』
ーーーーー
突然の通り雨の中、和傘を持って彼女を迎えに行った時のことを思い出す。
舞い落ちる桜の花弁を見つめる〇〇さんは、信じられないほどに綺麗で…-。
(思えばもう、あの時には…私の運命は決まっていたのでしょうね)
手のひらの花弁を、潰してしまわないようにそっと握る。
(…けれど、こうなってしまったこと…後悔はしていません)
(唯一、未練があるのだとしたら…)
再び、強い風が花弁を舞い上げる。
(…あなたと一緒に、もっとたくさんの景色を見たかった)
色とりどりの花の甘い香りが漂う中で一人立ち尽くしながら、もう二度と会えない彼女を想うと胸の奥が軋む。
桜花「…」
そしてそのまま、その場に立ち尽くしていると…-。
(…ん? あれは…)
靄がかる川の上に、何かの影が見える。
目を凝らしていると、それは少しずつ少しずつこちらへと近づき…
桜花「小舟…?」
(…ああ、そうか。ここが黄泉の国の入り口ならば)
(あれは私を黄泉の国へと案内する、案内人…なのでしょうね)
そうして小舟は河辺へとたどり着く。
(あれに乗ったら、私は…)
(…〇〇さん…)
心の中で、彼女の名前を呼ぶ。
(あなたの幸せを、遠くから願っています)
そうして、川の方へ一歩を踏み出そうとするけれど…-。
桜花「…」
去り難い気持ちが募り、私は後ろを振り返った。
(往生際が悪いとは、まさにこのことですね…)
桜花「最後にもう一度だけ、あなたの顔を見たいだなんて…」
その瞬間…-。
桜花「え…?」
突然、私の体が優しい光に包まれる。
そうして、光はどんどん輝きを増してゆき…-。
桜花「…っ!」
思わず閉じていた瞳を開くと、そこには…-。
〇〇「桜花さん!?」
(…〇〇…さん?)
涙交じりの瞳で私を見下ろす、最愛の人の姿があったのだった…-。
おわり。