第3話 一緒の時間

胸の高鳴りが収まり始めたころ、私はふとある店に目を止めた。

小さな店内いっぱいに、華やかな飾りつけを施した羽子板が並べられている。

店主「いらっしゃい!年の初めに縁起のいい羽子板なんてどうだい?」

○○「羽子板……」

店の前で足を止めると、私は羽子板を一つ手に取る。

アインツ「なんだ?○○は、これが何なのか知っているのか?」

○○「はい。昔持っていたんです。小さい頃、これで遊んだんです。負けたら顔に墨で落書きをしたりして……」

アインツ「なんだその遊びは!面白いことを知っているな!」

アインツさんは興味深そうに羽子板を見つめる。

その横顔を見つめ、私は昔の記憶を懐かしんでいた…―。

……

○○が思い出に馳せている時…―。

羽子板を見ていたアインツに、店主がそっと耳打ちする。

店主「兄ちゃん、可愛い子連れてるじゃないか」

アインツ「ん?そうだろう?○○は世界一可愛い女だからな!」

店主「そんな世界一の彼女に、この羽子板を買ってやったらどうだ?」

アインツ「かっ、彼女!?とっ……突然何を言うんだ!?」

店主「羽子板は女の子の縁起物だからな。贈り物にぴったりだ」

アインツ「……そうなのか?」

店主「ああ、喜ぶこと間違いなしだよ!」

アインツ「この羽子板を……」

……

ふと我に返って、私は羽子板から目を離した。

(アインツさん、店主さんと何を話しているんだろう……?何か慌てているように見えるけど……)

アインツさんは私の視線に気づき、コホンと咳払いした。

アインツ「その……○○、羽子板が欲しいのか?」

彼は顔を真っ赤にさせて、私に尋ねる。

○○「欲しい気もするんですが……」

アインツ「いらないのか?」

○○「えっと……あまりに綺麗なので……」

アインツ「ああ、そうだな!○○にはぴったりだと思うぞ!」

(でも、こんな綺麗な羽子板で遊ぶのはもったいないかな……)

その時…―。

??「アインツ!」

アインツ「ん?」

アインツさんを呼ぶ声に、私達は振り向く。

社から戻ってくる人波から外れ、私達の方へ走って来る人達がいた。

(あれは……アインツさんのお友達かな?それに弟さんもいる)

アインツ「おお!我が友!そして弟よ!」

アインツの弟「どこに行ったかと思ったら、ここにいたの?」

アインツ「それはこっちのセリフだ!未知なる異次元に消えたかと思っていたが、まさかここで会えるとは!」

アインツの弟「勝手に一人ではぐれたんだろ?」

弟さんが、ため息交じりにつぶやく。

(はぐれた?そう言えば……)

ー----

アインツ「一人で回るのは大変だからな!オレがいれば華麗な足さばきでこの人込みもすり抜けられるぞ!」

○○「いいんですか?」

アインツ「いいんだ!オレも今は一人だからな!」

○○「……今は?」

ー----

(『今は』って、そういう意味だったんだ……)

アインツの弟「○○さんが一緒だったの?」

○○「こんにちは」

私は、弟さん達にお辞儀をする。

けれどその前に、アインツさんが私の肩に腕を回し引き寄せた。

○○「っ……!」

アインツさんに引き寄せられて、私の頬が熱くなっていく。

アインツ「うらやましいだろう!残念だったなお前達!!オレと一緒にいたら○○と一緒に回れたというのに!」

アインツの弟「置いていったことを根に持っているでしょう?」

弟さんがアインツさんに向けて目を細める。

アインツ「そんなことはない!最初は孤独にさいなまれもしたが」

アインツの弟「やっぱり……」

アインツ「けれど、今はそれ以上に楽しいぞ!○○も楽しいだろう?」

○○「はい、楽しいです」

私は心のままに、そう言葉を返した。

アインツ「そうだろう?オレも同じ気持ちだ!」

アインツの弟「兄さんが迷惑をかけていなければいいけど」

○○「迷惑だなんてそんな……!」

(私は、アインツさんと一緒に回れて……)

それ以上言うのが恥ずかしくて、私は口を閉じた。

アインツの弟「俺達はもうお詣りしてきたからもう帰ろうと思うけど、兄さんはどうするの?」

アインツ「いや、先に帰って構わないぞ!オレは○○とこれから一緒に社に行くからな!じゃあな!オマエ達!」

アインツさんが私の手を引き歩き出す。

私は慌てて弟さん達にお辞儀をして、彼についていく。

(楽しい……か……)

彼の背中を見つめながら、小さく息を吐き出す。

(アインツさんは一緒にいて楽しいって言ってくれるけど、それはどういう意味でだろう……?友達として……かな?私は、アインツさんと一緒に回れて楽しいし、嬉しいけど……)

彼と一緒に歩く道…―。

ほんの少しだけ、足取りが重く感じられた…―。

 

 

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