胸の高鳴りが収まり始めたころ、私はふとある店に目を止めた。
小さな店内いっぱいに、華やかな飾りつけを施した羽子板が並べられている。
店主「いらっしゃい!年の初めに縁起のいい羽子板なんてどうだい?」
○○「羽子板……」
店の前で足を止めると、私は羽子板を一つ手に取る。
アインツ「なんだ?○○は、これが何なのか知っているのか?」
○○「はい。昔持っていたんです。小さい頃、これで遊んだんです。負けたら顔に墨で落書きをしたりして……」
アインツ「なんだその遊びは!面白いことを知っているな!」
アインツさんは興味深そうに羽子板を見つめる。
その横顔を見つめ、私は昔の記憶を懐かしんでいた…―。
……
○○が思い出に馳せている時…―。
羽子板を見ていたアインツに、店主がそっと耳打ちする。
店主「兄ちゃん、可愛い子連れてるじゃないか」
アインツ「ん?そうだろう?○○は世界一可愛い女だからな!」
店主「そんな世界一の彼女に、この羽子板を買ってやったらどうだ?」
アインツ「かっ、彼女!?とっ……突然何を言うんだ!?」
店主「羽子板は女の子の縁起物だからな。贈り物にぴったりだ」
アインツ「……そうなのか?」
店主「ああ、喜ぶこと間違いなしだよ!」
アインツ「この羽子板を……」
……
ふと我に返って、私は羽子板から目を離した。
(アインツさん、店主さんと何を話しているんだろう……?何か慌てているように見えるけど……)
アインツさんは私の視線に気づき、コホンと咳払いした。
アインツ「その……○○、羽子板が欲しいのか?」
彼は顔を真っ赤にさせて、私に尋ねる。
○○「欲しい気もするんですが……」
アインツ「いらないのか?」
○○「えっと……あまりに綺麗なので……」
アインツ「ああ、そうだな!○○にはぴったりだと思うぞ!」
(でも、こんな綺麗な羽子板で遊ぶのはもったいないかな……)
その時…―。
??「アインツ!」
アインツ「ん?」
アインツさんを呼ぶ声に、私達は振り向く。
社から戻ってくる人波から外れ、私達の方へ走って来る人達がいた。
(あれは……アインツさんのお友達かな?それに弟さんもいる)
アインツ「おお!我が友!そして弟よ!」
アインツの弟「どこに行ったかと思ったら、ここにいたの?」
アインツ「それはこっちのセリフだ!未知なる異次元に消えたかと思っていたが、まさかここで会えるとは!」
アインツの弟「勝手に一人ではぐれたんだろ?」
弟さんが、ため息交じりにつぶやく。
(はぐれた?そう言えば……)
ー----
アインツ「一人で回るのは大変だからな!オレがいれば華麗な足さばきでこの人込みもすり抜けられるぞ!」
○○「いいんですか?」
アインツ「いいんだ!オレも今は一人だからな!」
○○「……今は?」
ー----
(『今は』って、そういう意味だったんだ……)
アインツの弟「○○さんが一緒だったの?」
○○「こんにちは」
私は、弟さん達にお辞儀をする。
けれどその前に、アインツさんが私の肩に腕を回し引き寄せた。
○○「っ……!」
アインツさんに引き寄せられて、私の頬が熱くなっていく。
アインツ「うらやましいだろう!残念だったなお前達!!オレと一緒にいたら○○と一緒に回れたというのに!」
アインツの弟「置いていったことを根に持っているでしょう?」
弟さんがアインツさんに向けて目を細める。
アインツ「そんなことはない!最初は孤独にさいなまれもしたが」
アインツの弟「やっぱり……」
アインツ「けれど、今はそれ以上に楽しいぞ!○○も楽しいだろう?」
○○「はい、楽しいです」
私は心のままに、そう言葉を返した。
アインツ「そうだろう?オレも同じ気持ちだ!」
アインツの弟「兄さんが迷惑をかけていなければいいけど」
○○「迷惑だなんてそんな……!」
(私は、アインツさんと一緒に回れて……)
それ以上言うのが恥ずかしくて、私は口を閉じた。
アインツの弟「俺達はもうお詣りしてきたからもう帰ろうと思うけど、兄さんはどうするの?」
アインツ「いや、先に帰って構わないぞ!オレは○○とこれから一緒に社に行くからな!じゃあな!オマエ達!」
アインツさんが私の手を引き歩き出す。
私は慌てて弟さん達にお辞儀をして、彼についていく。
(楽しい……か……)
彼の背中を見つめながら、小さく息を吐き出す。
(アインツさんは一緒にいて楽しいって言ってくれるけど、それはどういう意味でだろう……?友達として……かな?私は、アインツさんと一緒に回れて楽しいし、嬉しいけど……)
彼と一緒に歩く道…―。
ほんの少しだけ、足取りが重く感じられた…―。