控えめなノックの音が聞こえてくる。
(〇〇……!?)
俺を呼ぶ彼女の声に、一瞬襖の方を振り向いたけど、俺はまた視線を外に戻した。
ヒノト「……」
〇〇「……祈念の儀はいいんですか?」
〇〇が、遠慮がちに聞いてくる。
ヒノト「今さらだよ、俺は君をこの部屋に連れ込んだ時からサボる気だったし……」
〇〇「……」
ヒノト「……」
しばらくの間、沈黙が場を支配する。
(顔が……見れない)
(見たらきっと、また俺は……)
ヒノト「……何しにきたの?」
ドクンドクンと打ち響く胸を抑え、どうにかその一言だけを絞り出した。
〇〇「あの……私、ずっと謝りたくて……。 私、神楽殿に行ったんですが、 ずっとヒノトさんのことを考えてたんです。 こんな気持ちのまま、 祈念の儀を眺めることもできなくて……」
(謝るって……)
(謝らなければいけないのは、 俺だと思うんだけど)
どこまでも優しい〇〇に、俺は内心、 面食らってしまう。
ヒノト「そうなんだ……俺は随分、 君を悩ませたみたいだね」
〇〇「ヒノトさんは私に素直な気持ちを教えてくれただけだったんですよね……」
(素直な気持ちって…… そう言えば聞こえはいいけどさ)
彼女の無垢さに、自分がいかに醜悪であるかを思い知らされてしまう。
ヒノト「……」
(謝ろう……謝って、それで)
(元通り……特別でも何でもない関係に戻るんだ)
そう決意して、俺はやっと彼女の方を振り向いた。
ヒノト「いつまでたっても君に伝わらないからって、取り乱してあんなこと…… かっこ悪かったな。 俺のことが、怖かった?」
〇〇「……」
怯えるような、惑うような彼女の視線は、 けれど俺の目からそらされることはない。
(ああ……この目だ)
(心の奥底にいる俺まで必死で辿り着こうとする、その目……)
彼女の眼差しが、抑えていた俺の情動をまた激しく揺さぶる。
〇〇「本心を隠さないって…… さっき、ヒノトさんは言いました……。 初めはヒノトさんのことが…… 気持ちがよくわからなかったけど、 今は…-」
彼女の震える手が、俺の服の裾を掴んだ。
ヒノト「……〇〇?」
何が起こったのか、一瞬わからなかった。
(……それは)
ヒノト「それは俺のすべてを受け入れてくれるって思ってもいいの?」
湧き上がる疑問を、俺はそのまま言葉にして問う。
ヒノト「君は……俺の欲しい優しさをくれるのかい?」
心臓が、さっきよりも激しく鳴り響いている。
〇〇「……はい」
その返事を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾け飛んだ。
ヒノト「……バカだね、羊の皮を被った狼の元に望んで二度もやってくるなんて――」
〇〇「え? あっ」
欲望のままに、俺は〇〇を寝台へと押し倒す。
〇〇「ヒノトさん……?」
呆然と俺を見つめる〇〇の顔がすぐ近くにある。
一体自分がどんな顔をしているのか、 もうわからなかった。
ヒノト「俺は女の子には優しくされたいんだよ。でも好きな子が相手だとそれだけじゃ満足できないね……」
(そう……もう我慢ができない)
(傍にいてくれるだけじゃ足りない)
(……君のことが、欲しい)
〇〇「ひ、ヒノトさん……」
戸惑いの表情を浮かべる〇〇に、ぐっとを顔を近づける。
ヒノト「ふふっ……可愛いね。 ねえ……〇〇?」
(これが最後のチャンスだよ)
ヒノト「かなり焦らされたから、どこまで自分を抑えられるかわからないよ? それでもいいかな?」
それは、真っ直ぐに向き合ってくれた彼女への、 俺の最後の優しさだと思った。
〇〇「……」
しばらく、〇〇は俺の瞳の奥をじっと見つめていたけれど……
〇〇「……はい、ヒノトさん」
(ああ……嬉しいな)
そう思った瞬間、俺は〇〇の唇を奪っていた。
思うままに口づけを落とした後、今度は華著な彼女の体を折ってしまいそうなほど強く抱き締める。
ヒノト「〇〇……」
口づけを落とせば落とすほど、 強く抱きしめれば抱きしめるほど……
俺の胸に空いていた穴が、埋まっていく……
〇〇「……っ、ヒノトさん……」
掠れた声で、〇〇が俺の名前を呼ぶ。
(君が好きだ)
(君が……欲しい)
それを言葉にするわずかの時間さえもが惜しくて、俺は彼女の体に口づけを落とし続けた。
(もう、寂しくない……)
互いの体の熱を感じながら、 一年の最後の夜は更けていった…-。
おわり。