◯◯「……祈念の儀はいいんですか?」
ヒノト「今さらだよ、俺は君をこの部屋に連れ込んだ時からサボる気だったし……」
ため息交じりにそうつぶやく彼の近くに腰かける。
◯◯「……」
ヒノト「……」
しばらくの間は沈黙だけが流れた。
暗い部屋の中で、窓の外に見える街と祈念の儀の灯りだけが煌々と輝いている。
ヒノト「……何しにきたの?」
沈黙を破ったのは起伏に乏しい彼の声だった。
◯◯「あの……私、ずっと謝りたくて……。 私、神楽殿に行ったんですが、ずっとヒノトさんのことを考えてたんです。 こんな気持ちのまま、祈念の儀を眺めることもできなくて……」
ヒノト「そうなんだ……俺は随分、君を悩ませたみたいだね」
◯◯「ヒノトさんは私に素直な気持ちを教えてくれただけだったんですよね……」
ヒノト「……。 いつまでたっても君に伝わらないからって、取り乱してあんなこと……かっこ悪かったな」
その言葉を機にようやく彼は私に顔を向けてくれた。
ヒノト「俺のことが、怖かった?」
さきほど強い力で掴まれていた手首の痛みが、微かに蘇ってくる。
◯◯「……」
けれど、私は彼の目を見て、必死に言葉を探した。
ー----
ヒノト「優しくしてるだけじゃ本当に欲しいものは手に入らないって、君といて気づいたからね。 だから俺は本心を隠さず伝えることにしたんだよ」
ー----
◯◯「本心を隠さないって……さっき、ヒノトさんは言いました……。 初めはヒノトさんのこと……気持ちがよくわからなかったけど、今は…ー」
(大丈夫、怖くない……)
私は震える手を心で叱咤して、彼の服の裾を掴んだ。
ヒノト「……◯◯?」
驚きに彼の目が瞬きを忘れる。
ヒノト「それは俺のすべてを受け入れてくれるって思ってもいいの? 君は……俺の欲しい優しさをくれるのかい?」
◯◯「……はい」
その時、彼が小さくつぶやいた。
ヒノト「……バカだね、羊の皮を被った狼の元に望んで二度もやってくるなんてーー」
◯◯「え?」
上手く聞き取れなかった言葉に聞き返した時だった。
◯◯「あっ」
彼の顔が私を覗き込んだかと思えば、私は再びその場へ押し倒されていた。
◯◯「ヒノトさん……?」
意地悪な笑みを唇に浮かべた彼の顔が、吐息がかかりそうなくらい近くにある。
ヒノト「俺は女の子には優しくされたいんだよ。でも好きな子が相手だとそれだけじゃ満足できないね……」
整った顔立ちなだけに、優しさが消えた笑みも彼が浮かべるとぞっとするほど艶がある。
おもわず心臓が騒いで、感じたことのない期待が背筋を駆け上がった。
◯◯「ひ、ヒノトさん……」
彼の吐息が私の唇へさらに近づいた。
それに呼応するように鼓動も速度を増していく。
ヒノト「ふふっ……可愛いね。 ねえ……◯◯? かなり焦らされたから、どこまで自分を抑えられるかわからないよ? それでもいいかな?」
◯◯「……」
獰猛な光を宿す彼の目を見ながら、私も彷徨っていた自分の気持ちの答えを見つける。
◯◯「……はい、ヒノトさん」
答えるなり今まで隠れていた狼は、私の唇を強引に奪っていった。
呼吸が苦しくなるほどの口づけに翻弄されて……
力強い腕に深く体を抱きしめられる。
ヒノト「◯◯……」
◯◯「……っ、ヒノトさん……」
(まだ少しだけ……怖いけれど……)
強引な抱擁の中には私を求める彼の気持ちを確かに感じる。
そんな彼の気持ちは、彼の特別な一人になれたようで嬉しい……
(こんな彼を知ってるのは……私だけなのかな?)
その想いは甘い毒のように、彼のくれる痺れるような口づけと愛撫と共に私の体を巡っていく。
やがて真っ白に頭の中が塗り潰されて、夜は更けていったのだった…ー。
おわり。