夜の街で、彼が私に深く囁いた言葉…ー。
ヒノト「もう……優しいだけの俺じゃいられないから……」
甘く強引な声で私の心を騒がせた彼に、私はその場から連れ去られた。
ヒノトさんは、これまでの優しい顔をどこかへ置いてきてしまったかのようで……
◯◯「ここは……」
(ヒノトさんの部屋……? そういえば初めて来たかも)
見知らぬ部屋をぐるりと見渡して、扉の方に立つ彼を振り向いた時だった。
◯◯「!?」
強い力で肩を押されて、私の体は彼の手によって壁へ縫い留められた。
壁の冷たさを背中に感じながら、目の前のヒノトさんを見つめる……
◯◯「……ヒノト、さん?」
ヒノト「……」
柔らかな視線の奥に、鋭さが見え隠れする。
(こんなヒノトさん、初めて……)
心臓が高鳴っているのはわかるけれど、それがときめきなのか恐れなのかはわからない……
ヒノト「ねえ、俺のものになってよ?」
◯◯「もの…って?」
ヒノト「言葉通りの意味だよ……」
◯◯「……っ」
肩にかけられた力が強くなって、痛みに目を細める。
(少し怖い……ヒノトさん、どうしてしまったの?)
疑問を口にできないでいると……
ヒノト「優しくしてるだけじゃ本当に欲しいものは手に入らないって、君といて気づいたからね。 だから俺は本心を隠さず伝えることにしたんだよ。 ……君が、欲しい」
◯◯「あっ」
彼の大きな手が私を抱き寄せたかと思った瞬間、視界が反転した。
背中を畳に押し当てられ、見上げれば……
ヒノト「ふふ……今、少し驚いた? 俺のことを怖いって、思った?」
両手首を掴まれ、私はヒノトさんに組み敷かれていた。
そのまま、彼のすっと通った鼻梁が私の首筋に寄せられる。
ヒノト「甘い香りがするね……」
◯◯「……っ!」
首筋に小さな痛みを感じて目を閉じる。
ヒノト「俺……君のこと、本当は食べちゃいたいんだ。返事を聞かせてよ?」
◯◯「……っ、だ、だめです……っ」
唇が私の首筋に花を散らしているのがわかった。
(これがヒノトさんの本心なの?)
(ならどうして、彼は私の目を見て伝えてくれないの? こんなのは…ー)
心が、どうしようもなく寂しさに軋む。
◯◯「……嫌ですっ!!」
ヒノト「……っ!?」
気づけば、私は思わず彼の手に噛みついていた。
ヒノト「……痛っ、結構やるね……!」
◯◯「だって……」
(私はこの人に謝りにきたのに……)
◯◯「ヒノトさん、私の話を聞いてください!」
私は大きな体を押しのけて、彼と距離を取った。
ヒノト「聞いてって何を……? 俺はもう優しいだけじゃいられないって君に伝えたよ? なのにどうして君は俺にさらわれて部屋までやってきてしまったの?」
◯◯「それは……」
言い淀む私を見た彼の表情が歪む。
その表情は、彼の心が抱えた寂しさと苦しさが滲んでいるようで……
(どうしたらいいの?)
去ることも謝ることもできないまま、時間だけが過ぎていく……
その時、彼は小さく独り言のようにつぶやいた。
ヒノト「君の優しさは、俺の心を傷つけるものなのかな? それとも……」
◯◯「あ、待って!」
すべてを私に伝える前に彼は私に背を向けて部屋を出て行ってしまう。
呼び止める私の声は、その背中に届いたのか……
私にそれを知る術はなかった。