太陽最終話 逃避行の果て

祈念の儀が終わりを迎えるや否や、私を抱きかかえてその場からヒノトさんは駆け出した。

〇〇「ヒノトさん!? いいんですか?」

駈ける彼の背後に秘書官の方の声がかかる。

ヒノト「いいんだよ、今年はカノエの一族の年だもの。俺はもうお役御免。 儀式は大事だけど、それよりも今は好きな女の子と一緒にいたい気分なんだ」

〇〇「……」

突然の行動にあ然としていると、彼はそんな私を見て首を傾げた。

ヒノト「何て顔をしているの? 君のことだよ、〇〇」

〇〇「ヒノトさん……」

熱が一気に顔に上がる。

恥ずかしさが込み上げて何も言えなくなった私は、彼の胸元をぎゅっと握りしめたのだった…-。

彼の部屋へ着くなり、ヒノトさんは私の体を寝台へと下ろした。

柔らかな羽毛の上に腰かけて、窓の外で輝く幾千もの星を背負った彼を見つめる。

〇〇「あ、あの……ヒノトさん?」

胸が騒いで、うるさい…-。

彼は長い指先で私の手を取って、唇を手の甲へと押しつけた。

ヒノト「祈念の儀に感動している君は可愛かったけど……少し嫉妬しちゃったよ」

〇〇「え……?」

(ヒノトさんが私に……?)

意外な言葉に顔を上げれば、髪の合間から静かな目が私を見つめていた。

ヒノト「君は俺のことを優しいって言ってくれたけど、本当はね、違うんだよ。 俺のは人に優しくされたいからしてるだけ……人は優しさには優しさで返す生き物だからね」

〇〇「……」

熱の中にも冷静さの浮かぶ瞳で言われて、私は返答に困った。

〇〇「……あの」

ヒノト「やっぱり、こんな俺には幻滅するかい?」

寂しそうに曇った顔へ慌てて首を振る。

すると彼は安心したように言葉を再び乗せた。

ヒノト「本当は……優しくされたいというよりも、誰かの特別になりたかったのかも」

〇〇「特別……」

ヒノト「うん、俺が好きだと思った人にとっての特別に……。 じゃないと、きっとこの寂しさは消えないんだ」

〇〇「あ…-」

次の瞬間、彼は私の体をしなやかに抱き締めた。

ヒノト「君じゃなきゃ駄目だって、誰かのことをこんなに思ったのは初めてなんだ。 君が良い……〇〇がいいんだよ」

〇〇「ヒノト……さん」

寂しがり屋が口にする甘く切ない声が私の心臓をそっと締めつける。

真剣に私だけを見る彼の瞳の輝きに気持ちが震えた。

ヒノト「俺は、君に優しくされたい……君がいないと……寂しい」

抱擁が深くなり、少し窮屈なくらいに彼の腕が私の体を抱きしめる。

でもその束縛は、少しも嫌じゃなくて……

(ヒノトさんの腕の中、温かいな……)

時折見せる寂しそうな表情の中に秘められた彼の想いを、今とても愛しく感じる。

ヒノト「俺の傍にいて……〇〇」

抱擁を受け入れて、静かに彼の腕の中で耳を澄ます。

耳元に聞こえるのは、私の少し早い鼓動と同じリズムで刻む彼の心音……

(すごくドキドキしてる……ヒノトさんも私と同じなんだ)

ヒノト「ねえ」

声に耳元をくすぐられて、再び目を開く。

月明かりを宿した彼の瞳が、不安そうに揺れていた。

ヒノト「俺は君の特別になりたい。ちゃんと気持ちを伝えたよ……。 〇〇はどうなのかな?」

〇〇「私は……」

今にも心臓が胸から飛び出しそうだった。

高まる気持ちを彼の腕をそっと握り締めることで追いやって…-。

スチル(ネタバレ注意)

〇〇「私も……ヒノトさんの特別な人になりたいです」

ヒノト「〇〇……ありがとう」

私の素直な気持ちに応えるように口づけが唇に降ってくる。

甘く柔らかに、そしてどこまでも優しく……

(優しくて……純粋な人)

私の心を柔らかく受け止めるキスに、もうひとかけらの不安も抱くことはなかった…-。

 

 

おわり。

 

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