明くる日、私はヒノトさんと九曜の街へ出かけた。
街はどこか華やかな雰囲気が漂っていて、人々も活気に溢れている。
◯◯「賑やかですね、それに皆さんどこか楽しそう」
ヒノト「一年に一度の神事が近いからね。皆、浮き足立ってるんだよ」
聞けばこよみの国・九曜では年に一度、中央の神楽殿を守る一族が移り変わるらしい。
その際に、12の王家の中から選ばれた一族が、祈念の儀という奉納神事を行うそうだ。
ヒノト「この時期は街も賑わうからね、君を案内したかったんだよ。 ……姫、それではどうぞ、俺の手をお取りくださいな」
かしこまってヒノトさんが手を差し出す。
(なんだか恥ずかしいな……それに、勘違いしそうになる)
手を取られ、柔らかな身のこなしで神事を前に花めく街を案内されると、胸が高鳴ってしまう。
ヒノト「祈念の儀を行う神楽殿はこの街を越えたところにあるんだ。 ちょうどこの大通りは神楽殿へ繋がる参道のような感じだから……ほら」
彼に指差された方を見れば…ー。
◯◯「綺麗……」
神楽殿へ続く通りの脇は、枝に紅白餅を挿した独特の装飾や花で飾られていた。
ヒノト「そうでしょう? ふふ……君の笑顔は自然体でいいね」
柔らかに微笑む彼の手が私の頬に触れる。
◯◯「……っ」
ほのかな体温にとくんと胸が鳴った。
(この人は女性には紳士的に接してくれるから……私にも優しくしてくれてるだけ)
それでも彼の微笑みはあまりに優しげで、向けられると自分だけが特別な気がしてきてしまう……
(この笑顔は、他の女の子にも向けられているもの……)
そう自分に言い聞かせると、小さな痛みが胸に走る。
その時だった。
ヒノト「……俺、君のことが特別なんだ」
◯◯「え……?」
指先が頬を滑り、私の髪を弄ぶ。
私の気持ちを絡め取るように……
ヒノト「ねえ、◯◯、俺とお付き合いしてみる気はない?」
突然の告白に、私の目にはヒノトさんしか映らなくなった。
街の賑わいも大勢の人々の存在も意識からすべて消えてしまう。
◯◯「どうしてですか……?」
ヒノト「うーん……好意に理由をつけるのは難しいね?」
(ヒノトさんは私のどこがいいんだろう?)
◯◯「本気ですか? ヒノトさんには私よりも相応しい人がいそうですが……」
ヒノト「いないよ、そんな人」
◯◯「でも……あっ」
背中に腕を回されて、彼にそっと抱き寄せられる。
(私よりも、あの秘書官さんの方が、ずっと距離だって近そうに見えるのに……)
ふと先日、彼の口からこぼれた言葉がよみがえる。
ー----
ヒノト「あの人は、いつも傍にいてくれるわけじゃないしね……」
ヒノト「……でも、君だって一人は寂しいだろ?」
ー----
(ヒノトさんは多分……)
○○「隣にいてくれたら、誰でもいい……?」
心の声が、言葉になって漏れてしまった。
ヒノト「……っ」
その瞬間、彼の瞳が置き去りにされた子どものように呆然と見開かれた。
◯◯「あ……ごめんなさい! 私、今……」
取り繕うけれど、ヒノトさんは目をすがめて笑う。
ヒノト「いいよ、大丈夫。でも、ちょっと痛いところ突かれちゃったな……」
◯◯「ヒノトさん……」
ヒノト「……ごめん」
顔を伏せながら言って、ヒノトさんは私から離れた。
不自然に開いた空間に、彼との心の距離を感じる。
ヒノト「ちょっと頭を冷やしたいから、今日はお開きにさせてもらってもいい?」
◯◯「……はい……」
私と視線を合わせないまま、彼は雑踏の中へ消えていく。
(本当に私のことを……?)
(ヒノトさんが、わからない……)
去り際の、彼の寂しそうな顔が目に焼きついて離れない。
九曜の街のざわめきが、やけに耳に響いていた…ー。