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秘書官「お話中に失礼いたします。 祈念の儀について、確認事項がございまして」
ヒノト「ああ、それならもうカノエに任せるよ。晦日も過ぎたのだしね……。 えー……うーん、わかったよ」
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ヒノトさんは、ゆるりと立ち上がった。
ヒノト「はいはい、今行くよ」
秘書官「返事は一度で結構です」
ぴんと背筋の伸ばした女性は長い髪を掻き上げる。
(綺麗な人……)
秘書官「……いかがいたしましたか?」
◯◯「え? その……女性が多いお城なんだなと思いまして」
秘書官「ああ、それはですねーー」
ヒノト「ちょっと、二人とも俺を無視して話を進めちゃ寂しいじゃない」
ヒノトさんに口を挟まれながらも、秘書官さんは小さく続ける。
秘書官「他のこよみの国の王家では、秘書官も庭師も男性が務めることが多いです。 ですがヒノト様の場合は、女性のがよいだろうということで……」
◯◯「……?」
秘書官「実際に見ればわかりますよ」
意味深な言葉を残して秘書官さんはヒノトさんと城の執務室へ向かったのだった。
…
……
その後、しばらくすると城に正午を告げる鐘の音が響いた。
(そういえば一緒にご飯を食べるってヒノトさんと約束して……)
そこに先ほどの秘書官さんが通りかかった。
私がヒノトさんの居場所を尋ねると、彼女は執務室へと案内してくれた。
けれど……
ヒノト「ここはもともとこの形でってお願いしただろ!? まったく……できないならできないって最初から言ったら?」
(あれ? この声って…ー)
庭で聞いた時とは違う鋭い声に一瞬、驚いてしまった。
ヒノト「人が足りないってさ。今さら言う事じゃないよね」
(ヒノトさん……?)
別人のような声に戸惑う私の横で、秘書官さんが扉を開いた…ー。
ヒノト「◯◯……!」
扉の向こうに私を見たヒノトさんが、一瞬押し黙って口元を押さえた。
その場には数名の楽師らしき男性が同席している。
ヒノト「今の……聞いちゃったよね?」
◯◯「……はい」
(ヒノトさん? さっきとは全然雰囲気が違う……)
ヒノト「……仕方ないか、偽ったところでどうにもならないし」
彼は肩を竦めて咳払いをすると、真面目な顔になって楽師さん達へ向き直り……
ヒノト「君達の話はわかった。忙しいから人を増やせっていう安易な解決策はどうかと思うけど、好きにしな」
ヒノトさんの険しい視線が、楽師さん達に向けられる。
ヒノト「そのかわり、必ずいい働きをしてくれないと……この言葉の意味がわかるよね?」
そう言って彼は楽師さん達をその場から下がらせた。
ヒノト「……」
その後、言葉を探すように視線を彷徨わせて……
ヒノト「……今の、怖い人なんだって怯えさせちゃったかな? ……幻滅しちゃった?」
◯◯「いえ、そんなことないです。少し驚いてしまっただけで……」
ヒノト「それだけ?」
ヒノトさんは顔を上げてまじまじと私を見た。
ヒノト「驚いた。ちょっと意外な反応だな……」
◯◯「……?」
その時、私を見た彼の瞳は、先ほどの厳しげなものでもなく、
庭で見た優しげなものでもなくて……
(ヒノトさん、こんな顔もするんだ……)
何かを深く考えているような瞳は、凪いた湖面のように、ただ寂しげに私を見ていた。
不思議な気持ちで彼の視線を受け止めていると、彼はまた人が変わったように、あの春の陽射しのような笑みを浮かべた。
ヒノト「どっちにしろ、今日はもうお開きにした方がいいよね……明日また改めてゆっくり話をしようよ」
◯◯「……はい」
上手く言い表せないものが胸に残るまま私は執務室を去るのだった。
部屋を出ると、秘書官の女性が私を気づかって声をかけてくれた。
秘書官「すみません、間が悪かったですね……驚かれましたか?」
◯◯「いえ、私の方こそお仕事の邪魔をしてしまったみたいで」
秘書官「ヒノト様は女性に対しては、優しく紳士的なのですが、男性に対してはどうも厳しくて……」
◯◯「そうだったんですか」
(でもあの時のヒノトさん、厳しいけど、真面目な目をしてた……)
楽師さん達に向けた瞳と言葉を、ふと思い出す。
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ヒノト「そのかわり、必ずいい働きをしてくれないと……この言葉の意味わかるよね?」
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(優しいのか、厳しいのか……)
(うん、それよりもさっきの寂しそうな顔は……)
柔和な笑顔の向こう側に、おぼろげながら見えてきた彼の素顔……
私はそれが気になって仕方がなかった…ー。