○○「真琴君の辛そうな顔は・・・・見たくないよ」
冷えきった僕の手に、かすかな熱が伝わってくる。
(煩わしい・・・・)
すぐに振り払ってしまえばいいのに、なぜだかそうすることができない。
(どうして・・・・)
鬱陶しいのに、心地いい。
それは・・・・もうずっと前に失ったはずの温もりだった。
(母さん・・・・)
真琴「ねえ母さん。父さんのお仕事っていつ終わるの? いっつも忙しそうでさ・・・・僕、つまんないよ。父さんともっと遊びたいな」
真琴の母「父さんは、他の誰にもできない大事なお仕事をしているのよ。 皆のために・・・・真琴のために」
真琴「・・・・」
真琴の母「いつか真琴も、父さんみたいな立派な国王様にならないとね」
真琴「・・・・うん」
真琴の母「でも、そうね・・・・もうあと少しで他国訪問から帰ってくるから。 そうしたら・・・・ちょっとわがまま言っちゃおうか?」
真琴「!・・・・うん!僕、馬に乗ってみたいな!!」
真琴の母「きっと父さんが教えてくれるわ。とてもお上手なのよ?」
真琴「やったあ!母さん、約束だよ!!」
真琴「約束・・・・」
(僕の手を握ってくれてた、母さんの・・・・)
真琴「・・・・。 ・・・・母さんも、小さい頃よくこうして手をつないでくれたな」
気づけば僕は、○○の手を握り返していた。
○○「・・・・!」
すると、○○がそんな僕の手を両手で包み込む。
(ああ・・・・)
真琴「・・・・あたたかい」
煩わしさとあたたかさが、僕の胸を潰してしまいそうだった・・・・ー。
・・・・
・・・・・・
その後、ぼうっとした頭で家に戻ってきた。
真琴「・・・・疲れた。寝る」
何も考えたくなかった僕は、すぐさまベッドに潜り込む。
けれど・・・・ー。
(・・・・何でいるんだよ)
傍で、○○が気遣わしげな瞳で僕を見つめている。
(騙されてのこのこやって来て、危ない目に遭って・・・・普通、怒り狂って帰るだろう)
真琴「ねえ。 君は、利用されたってわかったのに、なんでまだここにいるの」
○○「真琴君を、独りにしたくないから・・・・」
小さな声で、けれどはっきりと彼女はそう言う。
真琴「・・・・」
(独りにしたくない?何言ってるんだろ)
(今日一日でわかったはずだ。僕の傍にいるということがどういうことか・・・・)
(とことん馬鹿なのかな?それとも自殺願望でもあるの?)
(あるいは・・・・ー)
ぐるぐると思いを巡らせて、僕はある結論に辿り着く。
真琴「ああ・・・・そうか」
けれどその頃には、もう僕はまどろみに落ちかけていて・・・・
真琴「君・・・・僕のこと・・・・」
○○「真琴君・・・・?」
○○が僕を呼ぶ声が、遠のいていった・・・・ー。
・・・・
・・・・・・
(・・・・うん?)
(ああ、僕、眠り込んで・・・・)
真琴「!」
ゆっくりとまぶたを開けると、僕のベッドに突っ伏して寝ている○○が目に入る。
真琴「・・・・呆れたなあ。無防備にもほどがあるよ」
そのまま彼女の横髪を掬い上げても、いっこうに目を覚ます気配はなかった。
真琴「おーい。起きないと悪戯するよ?」
そっと彼女の首筋に、手の甲を触れさせると、
トクントクンと、規則正しい小さな鼓動が伝わってくる。
(熱い・・・・)
その音を聞きながら、僕は○○のいろんな表情を思い出していた。
笑った顔、驚いた顔、哀しそうな顔、そして・・・・
真琴「・・・・」
クスリと、自然に笑みが漏れてしまう。
真琴「なんだか、楽しくなってきた」
ぽつりとそう口に出して、僕はまだ穏やかに眠る○○の顔を覗き込んだ。
○○「真琴君・・・・復讐を、やめて欲しい」
(○○がそう言うなら・・・・やめてもいいかな?)
(君が、僕の傍にいてくれるなら)
ふと、光の入らない部屋の片隅にあるガラスケースが目に入る。
その中で、虫籠に囚われている蝶が羽を静かにはためかせていた。
(ずっと、ずっと・・・・○○を、愛してあげる)
(約束だよ・・・・)
高揚する心を抑えきれず、僕は○○にキスを落としたのだった・・・・ー。
おわり