桜花さんの体を支えながら、私は何度も彼の名前を呼ぶ。
○○「桜花さん、大丈夫ですか!桜花さん!」
桜花さんは顔を歪め、荒い息を繰り返している。
従者「これは……いけない!おい!」
和やかだった雰囲気が一転し、場が騒然となる。
従者「桜花様!……早く部屋にお運びしろ!」
従者の方が、血相を変えて女中に指示を出す。
女中「かしこまりました!」
○○「私も……!」
けれど、従者の方は恐縮した様子で……
従者「いえ、大丈夫です。○○様のお手を煩わせる訳にはいきません」
○○「でも……っ」
なおも食い下がろうとしたけれど……
従者「すみません、失礼いたします……おい、早くしろ!」
運ばれていく桜花さんを、私はただ見守ることしかできなかった。
…
……
それからしばらく…―。
(……桜花さん、大丈夫かな?)
桜花さんが倒れて城中が大騒ぎになり、ずっと桜花さんの部屋にも近づけない状態が続いていた。
(様子を見に行ってみよう)
私は桜花さんの部屋に向かった。
(来てしまったけれど……)
桜花さんが一体どんな状態なのかわからず、声をかけていいものかどうかを迷ってしまう。
すると…―。
桜花「もしかして…そこにいらっしゃるのは、○○さんですか?」
部屋の中から、桜花さんの弱々しい声が聞こえてくる。
○○「はい……」
桜花「お待ちください、今……」
桜花さんが布団から起き上がったのか、微かな物音が聞こえ、慌てて声をかける。
○○「桜花さん、どうかそのままで。私が参りま…―」
慌てて部屋の襖をあけようとした、その時…―。
従者「なりません、○○様」
背後から、鋭い声で制止されてしまう。
はっとして振り返ると、従者の方が難しい表情でそこに立っていた。
○○「すみません、私…―」
頭を下げると、彼はゆっくりと顔を横に振った。
従者「○○様は、何も悪くないのです」
桜花「……顔を見ることすら、許されないのか?」
襖越しに聞こえる桜花さんの沈んだ声に、なぜだかとても胸が締め付けられる。
背後では、女中さん達が何人も出入りして、食事と着替えの準備をしている。
(……私だけ、桜花さんに会っては駄目、ということ?)
混乱している頭で、どうにかそれだけ理解する。
これ以上ここにいても、桜花さんの体調が悪くなってしまうかもしれない。
○○「あの、私失礼します。勝手に出歩いてしまってごめんなさい」
なんとか声を絞り出し、立ち去ろうとして背を向けたその時…―。
若い女中さんが一人、ふらふらとおぼつかない足取りで膳を運んできた。
女中「あっ……!」
廊下の段差に足を取られたのか、大きくバランスを崩してしまった。
○○「危ない…っ!」
とっさに手を伸ばし、着物の裾を掴み、何とか女中さんは助けたものの……
○○「!!」
食器が大きな音を立てて割れて、激しく散らばってしまう。
○○「だ、大丈夫ですか?」
女中「申し訳ございません!ああっ!○○様、御足が……!」
(足……?)
言われて初めて、じんと熱を持つような痛みを感じる。
飛び散った破片で、ふくらはぎが薄く切れてしまったようだ。
桜花「今の物音はなんですか?」
部屋から桜花さんの心配そうな顔が覗く。
○○「桜花さん……だ、大丈夫です。何でもありません」
心配をかけまいと笑って誤魔化そうとしたけれど……
桜花「……!」
桜花さんはすぐに私の足の怪我に気がついて、表情を険しくさせた。
○○「平気です!お騒がせして……」
桜花「私が平気ではいられません!大切なあなたが怪我をしているというのに……」
桜花さんの言葉に、胸がトクンと音を立てる。
(今、なんて……)
女中さんが急いで持ってきた薬と包帯を受け取り、桜花さんが手当てをしてくれた。
女中「桜花様!手当てなら私がいたしますので…―」
桜花「いい、私にやらせてくれ。 招いておいて……あなたには申し訳ないことばかりです」
桜花さんの綺麗な手が、私の足に触れる。
(温かい手……)
会えないはずだった桜花さんが、こんなに近くにいる。
熱と、言葉と、真剣な眼差しに……
私は身動きが取れなくなってしまった…―。