祭りの本番まで、残り数日になってしまった…―。
(今日も……きっとカノエさんは一人で先に練習してるはず)
私は練習時間の少し前に顔を出すことにした。
まだ朝の気配が残り、少し霧が出ている森のひんやりとした空気の中、やはり、カノエさんは一人で練習を開始していた。
(カノエさん……?)
彼の全身には汗が滲んでおり、見れば脇には脱ぎ捨てられた着物がある。
(もう既に着替えを?一体、どれだけ前から練習していたんだろう……)
近くにいる私にも気づかず、カノエさんは一心に演舞の練習に打ち込んでいる。
(皆に……伝えたい)
(カノエさんの思いを)
そう強く思い、私は踵を返した…―。
…
……
私は他のメンバーの皆さんに声をかけ、いつもより早く森へ集まってもらった。
男1「もう練習してるのか?」
男2「確かに王子はいつも一番だったが、まさか毎日こんな早くから……?」
集まった人達が、次々に驚きの声を上げていく。
カノエ「お前達……!それに、○○も」
私達に気づいたカノエさんが、動きを止めた。
一同「……」
気まずい沈黙が、場に流れる……
(どうしよう……余計なことをしちゃったのかな)
不安になって、カノエさんの表情をそっとうかがったその時…―。
○○「カノエさん、それは?」
彼の手に、紙が一枚握りしめられていた。
カノエ「これは……」
汗で染みがついた紙を広げ、カノエさんが皆に見せる。
男1「これ……」
男2「新しい陣形……?」
紙を見た途端、皆は悟ったように口をつぐんでいった。
(カノエさん……上手くいかなかった陣形を調整しようとして……?)
何回も描き直された跡がある陣形の線は、彼の汗で滲んでしまっていた。
カノエ「……今度の舞台は、今までとは違う新しい形なんだ。 上から見ると正方形ではなく、奥行きの狭いものになっている。 下見に行った時に気づいた。このままでは、全ての観客に良い演舞を見せられないと」
男2「……そんなことが」
カノエ「だから、それに映えるように陣形を組み替えたんだ。だが……」
そこまで言って、カノエさんは表情を歪めた。
カノエ「俺はきちんと説明もしないで……いや、説明をしたとしてもお前たちの負担は変わらなかっただろう。 独りよがりだった。申し訳ないと思っている……」
男1「王子……」
カノエ「直すところは直す。だから、今からでも一緒に全体の陣形練習を頼めるか」
真摯な態度でカノエさんは、みんなに頭を下げた。
男1「……勝手なことを言ってすみませんでした」
男2「申し訳ありません、王子……」
申し合わせしたようにみんながカノエさんに頭を下げる。
カノエ「皆……」
カノエさんが熱い瞳で皆を見渡す。
(カノエさん……)
目頭が熱くなる話の横で、チームの皆も鼻をすする。
男1「やりましょう」
男2「今からでも間に合わせますよ」
カノエ「皆……ああ。間に合わせるぞ」
一同「おおーっ!」
(よかった……カノエさんの思いが伝わったんだ)
嬉しさに頬を緩めていると、不意にカノエさんと目が合った。
カノエ「お前が……皆を連れてきてくれたんだな」
その瞳が、今までにないくらいに優しく細められている。
○○「私は…―」
胸が跳ねて、言葉を詰まらせてしまうと……
男1「王子!俺の位置について聞きたいことが!」
早速、新しい陣形を試していたメンバーからカノエさんに声がかかった。
カノエ「ああ!今行く」
カノエさんは私に背を向け、メンバーの方へと歩き出す。
私は一人、鼓動がおさまらない胸にそっと手を当てたのだった…―。
…
……
それから全体練習が再開される。
毎日夜遅くまで練習は続き、祭りの前日にはどうにか形になった。
暗くなった森をカノエさんが吊るす提灯の明かりを頼りに、一緒に帰る。
カノエ「……○○」
名前を呼ばれ顔を向けると、提灯の明かりに照らされたカノエさんの顔が間近にあった。
カノエ「今日は……ありがとうな。今まで見守ってくれたことも……感謝してる」
○○「いえ、私は何も……ただ、見ているだけでした」
カノエ「いいや、助けになった。お前がいたから……だから……」
カノエさんが私の耳元へと口を近づけた。
○○「……っ」
カノエ「明日の祭り、どうしてもいい場所で見て欲しいから、お前には特等席を用意した。来てくれるよな」
頬を熱くしながら、私は小さく頷く。
するとカノエさんは、口元に嬉しそうな……柔らかな笑みを浮かべた。
(こんな顔もするんだ……)
ドキドキと高鳴る胸は熱を持つほどの高揚感に溢れていた…―。