サラサ「そうだ……海底の魔女がいる……」
〇〇「海底の魔女って?」
サラサ「〇〇。僕は……僕は、〇〇と一緒に……」
(ここが、海底の魔女の……)
暗い海の底にある建物へとやってきた僕は、部屋の中を見渡す。
すると……
??「……誰だ」
サラサ「おまえが海底の魔女か」
海底の魔女「いかにも……そなたはローレライの王子・サラサと見受けるが」
(僕のこと知っているのか……)
海底の魔女「高貴なお方が、このようなところまで何用ですかな?」
僕をしげしげと眺めながら、老婆が尋ねる。
サラサ「頼みがあるんだ。 僕を……」
一呼吸おいた後、僕はゆっくりと口を開く。
サラサ「僕を、人間にして欲しい」
海底の魔女「ほう……?」
魔女は興味深そうに、皺の刻まれた顔を僕の方へと向けた。
海底の魔女「一国の王子ともあろうお方が、人間に……。 それはまた、どういった風の吹き回しですかな?」
サラサ「人間の世界を見てみたいんだ。 海上の世界を、この目で」
海底の魔女「なるほど……」
魔女は納得したように頷く。
けれど……
海底の魔女「本当に、それだけですかな?」
まるで心を覗き込むかのように、魔女が僕の瞳を見つめてきた。
サラサ「それは……」
魔女は、僕の答えをじっと待つかのように押し黙っている。
(きっと、嘘や誤魔化しは通用しないだろう)
彼女の何もかも見透かすような視線から、ふっと顔を逸らした後……
サラサ「……好きな子が、いる」
僕は、誰にも打ち明けたことのない胸の内を静かに口にした。
海底の魔女「それはもしや、人間の娘……?」
サラサ「そうだよ。 僕は彼女と、ずっと一緒にいたい。 〇〇と同じ二本の足で歩いて……彼女と同じものを見たいんだ」
海底の魔女「ほほう? それはそれは……」
魔女がニヤリと笑みを浮かべる。
その様子に気恥ずかしさを覚えた。
海底の魔女「その願いがどのような不幸を呼ぼうとも……そなたは、それを望むのですかな?」
サラサ「えっ?」
(不幸……?)
魔女の問いに、僕は思わず言葉を失う。
海底の魔女「……遠い昔に、そなたと同じ願いを抱いた娘がおった。 地上に憧れ、人間の男の恋をした娘……」
サラサ「知らなかった……僕の他にも、そんな子がいたんだ」
海底の魔女「遠い遠い昔に。だが……」
魔女の表情が、わずかに曇る。
海底の魔女「その娘の想いは叶わなかった。 そして、悲観した娘は己の想いと共に泡となって消えてしまった……」
サラサ「そんな……」
海底の魔女「二本の足は、そなたを未知の世界へと連れていってくれるだろう。 しかし……そなたが憧れを抱く地上は、決して良いものとは限らぬ。 その娘の心も、手に入るとは限らぬのだ。 それでもそなたは、人間になりたいと?」
サラサ「……」
魔女の言葉が、胸の奥にじわじわと染み込んでくる。
けれど……
サラサ「母さんや姉さんから、人間の怖さは聞いている。 だから、地上が良いものとは限らないってこともわかっているよ」
(それに……)
サラサ「……僕の想いが、叶わないかもしれないってことも」
自分の言葉に、胸がずきりと痛む。
(だけど……そんなことで諦めるわけにはいかない)
僕は胸の痛みを振り払うように、顔を上げた。
サラサ「彼女と同じ二本の足で歩いて、この目と耳で世界を知る。 そうやって、人間との関係に僕なりに答えを出したいんだ。 この国の……王子として」
じっと僕の顔を見つめる魔女へと、さらに言葉を続ける。
サラサ「彼女のことだって……気持ちを確かめる前に諦めたりしたくない。 黙って、他の誰かのものになるのを見ているなんて……そんなの、僕には無理だよ。 だから……お願いだ。僕を人間にしてほしい」
僕は魔女の瞳を見つめて、はっきりと思いを口にした。
海底の魔女「……なるほど。 ローレライの王子よ。そなたの覚悟、しかと受け止めた」
サラサ「あ……」
魔女の手が、淡く光る。
すると次の瞬間、その光が僕の体を包み込み……
海底の魔女「願わくば…-」
サラサ「え……?」
光が輝きを増した、その時……
『我が娘とは、異なる未来が訪れますよう……』
そう、確かに聞こえた気がしたのだった…-。
おわり。