サラサ「そうだ……海底の魔女がいる……」
〇〇「海底の魔女って?」
サラサ「なんでもないよ……ただ……。 〇〇。僕は……僕は、〇〇と一緒に……」
その夜…-。
私はベッドに入ってからも、彼のことばかり考えて、眠れぬ夜を過ごしていた。
(……何を言おうとしていたんだろう)
寝つけず窓を開けると、外には満天の星空が広がっていた。
(……私は人間だから、人魚の国の王子であるサラサくんの傍にはいられない)
(だから……明日サラサくんに、さよならを言おう)
込み上げる切なさを、どこからか聴こえてくる波の音が和らげてくれた…-。
…
〇〇と別れた後、サラサは一人で海を眺めていた。
サラサ「僕が出会った二人目の人間……。 〇〇、か」
〇〇の名前を呼んで、サラサはくすりと笑みをこぼす。
サラサ「人間の女に出会ったのは初めてだけど……やっぱり、悪い奴だなんて思えない。 それどころか…-」
そこまで言って、サラサは苦悶の表情を浮かべる。
サラサ「……もっと彼女の話が、聞きたい。 一緒にいたい」
そうはっきりと言葉にした後、サラサはしなやかに海へと飛び込む。
深く深くもぐって、彼が向かった先は…-。
??「……誰だ」
サラサ「おまえが海底の魔女か」
海底の魔女「いかにも……そなたはローレライの王子・サラサと見受けるが」
サラサと同じ人魚である老婆は、しげしげと彼のことを眺めた。
海底の魔女「高貴なお方が、このようなところまで何用ですかな?」
サラサ「頼みがあるんだ。 僕を…-」
…
私は結局一睡もできないまま、朝を迎えてしまった。
(サラサくんに、ちゃんと言わないと……)
そうは思うものの、どうしようもなく寂しい気持ちが胸に押し寄せてくる。
けれど私はその想いをぐっと押し込めて、あの海岸へと向かった…-。
いつもは美しく輝いて見える海が、今日はどこか物悲しげに、くすんで見える。
(サラサくん……今日はまだいない)
思わずほっと息を吐いた後、私は砂浜に座って彼を待つことにした。
けれど…-。
…
……
どれだけ待っても、サラサくんは現れない。
太陽が傾きかけた今も、海は波を静かに岸に寄せているだけ……
(サラサくん……どうしたんだろう)
どくんどくんと、嫌な予感が私の胸をざわめかせる。
(もしかして、サラサくんはもう来ないのかな)
(私が人間だから……彼の方から、離れていってしまったのかな)
そう思うと、胸にぽっかり穴が開いたような気持ちになる。
(今日、別れを言おうとしてたんだから……これでよかったんだ)
(でも……)
悲しい気持ちばかりが込み上げて、私はその場を離れることができなかった…-。
…
……
太陽はすでに沈み、空には月が昇り始めている。
(何やってるんだろう、私)
サラサ「〇〇……」
聞き覚えのある声が聞こえて振り向くと、そこには…-。
〇〇「え…-!」
その姿に、私は目を疑った。
そこにいたのは、人間の姿をしたサラサくん…-。
サラサ「遅くなってごめんね」
〇〇「その姿は……」
私は驚きのあまり言葉を失い、目を丸くしてサラサくんを見つめる。
サラサ「人間の脚をもらったんだ」
〇〇「ど、どうして……それって……」
サラサ「どうしてって……?」
すると突然、サラサくんが私の手を取った。
サラサくんの腕に包まれ、心臓がドキドキ音を立てて騒ぎ出す。
サラサ「〇〇の話を聞いてると、好奇心が抑えきれなくなるんだ。 海上の世界を見てみたい。もっと、いろんな人間に会ってみたい……って」
どこかふっ切れたように、サラサくんが清々しい笑みを浮かべる。
サラサ「あと……〇〇と離れたくないから」
(私のために……サラサくんが)
繋いだ手からサラサくんの温もりが伝わってきて、それが夢ではないと確信する。
サラサ「ほら、みてこんなふうに……」
そう言って、彼は嬉しそうにステップを踏んでみせる。
けれど…-。
サラサ「わっ……!」
勇んで踏み出した足がもつれてしまう。
〇〇「……っ! 大丈夫?」
彼につられて私も倒れ込みそうになったけれど、なんとか体勢を保つことができた。
サラサ「ははっ、二本足って難しいね」
〇〇「そうですね」
なんだかおかしくて、私達は二人で笑い合った。
サラサ「僕、ついていってもいいよね? この脚でおまえと歩いて……いろんなものを見て、知っていきたい。 そしていつか、この国に戻る時……人間との関係に僕なりの答えを出したいんだ」
〇〇「サラサくん……」
溢れる喜びで胸がいっぱいになり、やっとの思いで一言つぶやく。
淡い月明りに、彼の青色の髪が美しく照らし出される。
これから見るさまざまな景色を思いながら、二人手を繋ぎながら、遥か海の彼方を見つめたのだった…-。
おわり。