エドモントさんは私を抱き抱えたまま、城まで戻った。
ベッドに私を下ろして、私の様子をくまなく確認し始める。
エドモント「あそこで何をされたか教えて」
○○「……閉じ込められていただけです」
エドモント「でも、男達がいたよね。スラムの……男達が。何をされた?」
エドモントさんの瞳が、激しい怒りをたたえる。
○○「本当に何も……連れ去られそうになった時、ちょうど、エドモントさんが助けに来てくれたんです」
エドモント「……」
エドモントさんが、再度私の体に視線を落としたと思ったら…―。
スカートに手をかけ、まくり上げた。
○○「っ!?エ、エドモントさんっ!?」
驚いて声を上げる私には構わず、エドモントさんはきゅっと眉根を寄せる。
エドモント「怪我を、したようだね」
見ると、確かに膝を大きく擦りむいていた。
太ももにも、青い痣ができている。
(床に、投げ出された時に……?)
エドモント「くそっ……」
○○「っ……!」
チリっと痛みが走ったと思えば……
エドモントさんが、傷口に唇を寄せていた。
○○「あ、あの……っ!?」
エドモント「消毒だよ。あんな汚いところに長い間閉じ込められてしまって……」
○○「っ……」
膝に、太ももに、彼の柔らかい唇の感触が伝わってくる。
触れられたところが、熱を持っていくことがわかる。
(心臓が……うるさい)
最後に、再び軽く太ももに口づけ、エドモントさんはゆっくりと顔を離した。
エドモント「これで、綺麗になった」
まだ激しく鳴り響く鼓動を抑えながら、少しだけ表情を和らげた彼に、私は思いきって尋ねてみる。
○○「……スラムの取り壊しは、どうなるのでしょうか」
エドモント「呆れたな……君はこんな目に遭っても、まだ彼らのことを心配しているのかい」
和らげた表情を険しいものに戻して、エドモントさんが私を責めるように言う。
エドモント「取り壊しをやめるつもりはない」
○○「……」
きっぱりと言い放たれる言葉に、私はうつむくことしかできない。
エドモント「ただ……」
○○「え?」
エドモントさんは、そこで言葉を紡ぐことをやめた。
エドモント「いずれ、君にもちゃんと説明するよ。ただし、君の怪我が完全に治ってからだからね?」
(エドモントさん……?)
それから数日の後…―。
大臣は失脚し、エドモントさんは私を連れてスラムを訪れていた。
街の男1「王子だ!王子がいるぞー!」
街の男2「王子だー!!スラム取り壊しを講義しろー!」
街の女1「そうだ、やめとくれ!あたしたちの家を奪う気かい!?」
街の男3「取り壊し、反対!!」
従者「エ、エドモント様、やはりおやめになられた方が…―」
エドモント「……」
エドモントさんは、何か考えているのか、じっとその場から動こうとしなかった。
その間にも、講義をするスラムの人達の人だかりが大きくなっていく。
○○「エドモントさん……」
エドモント「大丈夫だ」
ぽん、とエドモントさんが私の手を優しく叩いた。
そして、いつもの優しさを消し、凛々しく勇ましい表情になる。
エドモント「皆、聞け!」
抗議の叫びが、エドモントさんの一声で次第に小さくなっていく。
エドモント「この住宅街の取り壊しは、このまま決行する」
○○「っ……」
エドモント「どうか静粛に。最後まで俺の話を聞いてほしい」
再度、湧き上がりかけた騒動を、エドモントさんが鎮静化させる。
エドモント「このまま、ここを存続させるわけにはいかない理由は多くある。今ここで起きている流行病は、ここの環境が引き起こしているものだ。犯罪も多発している。治安の悪さと貧困は誰の目にも明らかだ」
街の人達は、ただじっとエドモントさんの言葉に耳を傾けている。
その精悍な姿に、いつの間にか私も見入ってしまっていた。
エドモント「もうこの場所は……救うことができない程に、悪化の一途を辿ってしまった。だから……一度壊し、そして新しい街をつくる!」
(新しい街……!?)
エドモント「その計画の責任は、全て俺が、エドモントが負う。より住みよい街を。平和で安全で、豊かな街を、俺は目指したい。その間の住まいは必ず保証しよう。どうか皆、この話を受け入れて欲しい」
街の人々が、どよめく。
まだいまいち状況が飲み込めないのか、周囲と話し合っている。
けれどもそこでエドモントさんは話を断ち切り、皆に背を向けた。
エドモント「俺は……もう逃げない」
そのつぶやきは、誰に聞こえるでもなく、そばにいた私の耳にだけ届いた。
エドモントさんが静かにその場を立ち去る背後では、人々のざわめきが歓声に変わっていた…―。
その帰り道……
私達は馬車を降りて、街外れにある橋の上で眼下の景色を眺めていた。
○○「あのお話……とても驚きました」
星空の下、黙ったままのエドモントさんに、ぽつりと語りかける。
エドモント「君は、どう思った?」
答えを求める彼の瞳が、宵闇の街の明かりに照らされ輝いていた。
○○「未来に希望が見えました……私もこれから、何かお手伝いをさせてもらえませんか?私も、あの街に住む人達と、エドモントさんの力になりたい」
エドモントさんの顔が、微苦笑に崩れる。
そして……
エドモント「君ならきっと、そう言うと思ったよ」
エドモントさんが、私を腕の中に抱き込んだ。
後ろから優しく抱き締められる形になり、どくんと大きく鼓動が跳ねる。
エドモント「見てごらん、街の夜景はとても綺麗だね」
○○「……はい」
エドモント「でも、もし君が今、俺の腕の中ではなくて、あの街の明かりの中に紛れているとすれば……俺は気が気でなくなりそうだよ。君が、心配で……今すぐに、君の無事を確認して、こうして抱き締めたくなって。君はすぐに俺のそばから離れてしまいそうで、心配になる……」
背中から伝わってくる彼の体温と鼓動が、とても愛おしく感じられた。
(エドモントさん……)
エドモント「いつの間に、こんなにも君に惹かれていたんだろう……。君が、スラムのことに一生懸命になって、結果、俺と同じように傷つけられて……でも君は強いから、それでもまだ、スラムの人達のことを考えていられたよね」
○○「いえ……強くなんてありません。エドモントさんがいてくれたから……助けてくれたからです」
エドモント「君のことは俺が守るから。だから、俺の傍にいてほしい」
優しく、背後から頬をすり寄せられる。
触れ合う体が、どんどん火照っていくように感じられた。
エドモント「こっちを向いて」
○○「え……?」
言われるままに、彼のことを振り仰ぐと……
○○「ん……」
そのまま彼の顔が近づいて、唇が重なった。
柔らかく温かな唇と、熱く感じられる吐息が絡む。
(私、今……キスをして……)
瞬間、エドモントさんがくすりと笑った。
エドモント「君は強くて……そしてとても可愛いね」
火照る頬を笑われて、速まる鼓動を持て余して……
エドモント「好きだよ……○○」
彼の手が、求めるように私を掻き抱く。
その想いに応えるように、これからの彼を支えたいという気持ちを伝えるように……
私も彼の腕に、両手を重ねたのだった…―。
おわり