すがりつく男の子を前に、エドモントさんは黙り込んでしまった。
難しい顔をして、何か考え込んでいるようだ。
男の子「エドモント王子様……お願い……うっ、ひっく……僕のおかあさん以外にも、同じ病気の人、たくさんいるんだ。みんな苦しんで……だからお願い。おうち、壊さないで……お願いします……ううっ」
食いしばった歯のすきまから、堪えきれない嗚咽が漏れている。
○○「エドモントさん、私からもどうかお願いです。ここを取り壊さなくてすむように、動いてみることはできないでしょうか?」
エドモント「それは無理だよ、もう決まったことなんだ。何度も言っただろう?」
○○「でも、それがエドモントさんの、本当の気持ちなんですか……?ここにまた来たのも、本当は助けたいからじゃ…―」
エドモント「納得させたかったんだよ、自分に。仕方のないことだから、って」
訴えかけるように彼を見つめると、彼は、不意に視線を逸らして、悲しそうにわずかに微笑んだ。
○○「エドモントさん……?」
エドモント「仕方ないな……」
○○「じゃあ……!」
彼の言葉に、ぱあっと目の前が明るくなる。
けれども彼は、弱々しく首を左右に振った。
エドモント「勘違いしては駄目だよ。スラムを取り壊すことをやめたわけじゃない」
○○「え……?」
エドモント「でも、君にそんな顔をさせるわけにはいかない。○○。君に、そんな悲しい顔は似合わないよ」
ふわりと、彼に頬を撫でられる。
その手のひらは……いつかのように温かくはなく、ひんやりとしていた。
(どうしてこんなに、冷たく感じてしまうの?エドモントさんは本当は、とても優しい人なのに……)
エドモントさんが、男の子に向き直る。
エドモント「今日は、帰りなさい。薬は、後で届けるから」
男の子「本当に!?」
エドモント「ああ……君のお母さんには、昔お世話になっていたんだ」
○○「え……」
エドモント「君が話してくれた病気の女性だよ。……昔、俺がここに遊びに来ていた時に、面倒を見てもらっていた人だと思う」
○○「エドモントさん……」
けれどエドモントさんの表情は、なおも厳しいままだった。
エドモント「……君は、君はここで、この暮らしのままで、いいと思っているのか……?」
ほとんど独り言のように、エドモントさんが男の子につぶやいた。
男の子「え?」
エドモント「いや……早く、おうちへお帰り。お母さんをみてあげないと」
男の子「うんっ!ありがとう、王子様っ!!」
男の子は、来た道を軽やかな足取りで駆けて行った。
○○「エドモントさん……」
エドモント「まったく……君がこんなふうに強情にお願いをするとは、思ってもみなかったよ。優しいだけではない。しっかりとした面も持ち合わせていたんだね」
○○「そんなことは……」
エドモント「笑ってごらん、○○」
○○「え……?」
エドモント「そろそろ、いつもの君の笑顔が見たい」
そう願う彼の顔こそ、悲しい色が深く滲んでいるように見える。
けれど……
○○「……はい」
短く返事をして、私は、彼に応えるために笑みを作ったのだった…―。
……
エドモントさんの胸中は図れないまま、彼の気持ちを考えて悶々とした時間を過ごしていた。
(エドモントさん……何を考えているのだろう)
重い気持ちで、中庭を歩いていると……
(あれ?あれは……大臣さん?)
中庭の隅で大臣が、中背の見知らぬ男性と二人で話している。
大臣「……はぁ……まったく」
??「へへっ、大臣様のおっしゃる通りです」
大臣「ふんっ、さっさとあそこが取り壊しになれば、新しい富が生まれるものを。いつまでもしがみつきおって……」
??「ではどうぞ、我々をひいきに誘致を……約束通りの額はお支払いしますぜ」
(どういうこと……?)
一歩後ずさると、何かに背中をぶつけてしまう。
○○「っ……!?」
体がよろける前に、私の体は誰かの腕にしっかりと捕らえられてしまった。
大臣「だ、誰かいるのか!?」
??「大臣さんよ、もうちょっと周りに気を使ったほうがいいぜ。聞かれちまった」
私を捕らえたのは大柄の男で、大臣とは知り合いのようだった。
大臣「これは……○○様」
○○「どういうことですか?支払いって……」
大臣「お聞きの通りですよ。スラム取り壊しの後に、代わりに大きな市場を建設しようと」
○○「その話……エドモントさんは知っているんですか?」
そう言うと、大臣は面倒臭そうにため息を吐いた。
大臣「王子は生真面目な方ですので……このことが知れると、取り壊しを中止にしかねないですからね」
(そんな……!じゃあ、この人は自分の欲のためにスラムを……!?)
大臣「おい、後は任せるぞ」
○○「待っ……んんっ!」
その場を去ろうとする大臣を追いかけようとしたけれど、男の手にしっかりと口を塞がれてしまう。
男「静かにしろ」
必死で暴れるものの、男の人の力には敵うはずもなく、私は、そのまま城から連れ去られてしまった…―。