決意を固めた、その翌日…-。
エドモントさんは、城の従者を率いてスラムへ来ていた。
(エドモントさん、がんばって)
スラムの人達が集められるものの、何が起こるのか知らされていない彼らは、皆一様に不安そうだった。
すると、エドモントさんが手を高らかに上げ、声を張った。
エドモント「皆、聞いてくれ!」
その場が、水を打ったようにしんと静かになる。
スラムの人々が、壇上に立つエドモントさんの姿をじっと見ている。
(皆、緊張してる……きっとこんなことは初めてなんだ)
エドモントさんも、その場にいる人々の顔を、丁寧に見渡していった。
そして……
エドモント「今日ここに、宣言しよう。 ダジルベルク国王子・エドモントは、このスラムの環境改善に身を尽くすことを誓う!」
ざわつきが、波のように広がる。
大臣「なっ、何を……っ」
エドモント「すぐには信じられないかもしれない。しかし、これから最善を尽くしていく所存だ。 いつか皆に信じてもらえるように。これまでの苦しみの日々へ、謝罪をする気持ちで……。 これまで……本当に、すまなかった」
エドモントさんが、深く頭を下げる。
どよめきが次第に大きくなる。
突然もたらされたエドモントさんの言葉に、街の人達は戸惑っているようだった。
エドモント「……」
その時…-。
男の子「王子様……! ぼく、王子様を信じます!」
高く大きな声が響いたと思ったら、それは先日出会った男の子だった。
男の子「ぼくも、王子様をお手伝いしたいです! おかあさんを、助けてあげたい・・・・・!」
エドモントさんは、男の子の様子に驚いていたようだったけれど、やがて、この上なく優しい笑みを男の子に向けた。
エドモント「ありがとう」
その後…-。
スラムの女1「エドモント王子ー! 私も、あなたに従います!! この街を、変えてください!!」
スラム男「王子ー!」
どよめきは、次第にエドモントさんを支持する声に変わっていった。
エドモント「……」
再度、エドモントさんが手を上げる。
歓声は嬌声のように大きくなり、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
大臣「そんな……」
エドモントさんが壇上から降り、真っ青な顔をしている大臣の肩に手を置く。
エドモント「父上の許可もいただいている。これはもう決めたことだ」
意気消沈した様子で、大臣は足元から崩れ落ちた。
それから……
エドモント「さあ、帰ろう」
エドモントさんが、清々しい笑みを咲かせ、私の手を取った。
○○「はい!」
私も彼の手をぎゅっと握り返して、大きく頷く。
(よかった……!)
包み込んでくれる手のひら、優しく包み込んでくれるような笑顔。
エドモントさんも全てが、優しさと強さに満ちて、輝いているように思えた。
エドモント「何だかすっきりしたよ」
彼が、私の手を引いて街を歩きながら、笑顔でそう告げてくる。
私達の周りでは、まだ、割れんばかりの拍手と歓声が続いていた。
エドモント「ずっと、もやもやしていたことに答えが出せた気分なんだ。 やっと……正しいことができた気がする。 そしてこれは、自身の心に正直になれる素敵なことだ」
○○「はい、その通りだと思います」
エドモント「それに、俺は王子だから、皆を救わなければならない」
○○「はい……立派です」
満面の笑みが意味するもの。
それは昔受けた傷が、癒されていった、消化されていった証……
(スラム化、貧困化が、人々の心を蝕んだんだよね……だからエドモントさんは)
(きっとまた、明るく楽しい街が、そんな日々が戻ってくると、取り返せると、信じている……)
エドモント「ここまで、支えとなってくれてありがとう」
○○「い、いえ、私は何も……」
エドモント「君のおかげだよ。 スラムへ足を運ばせてくれ、昔よくしてくれた人にも巡り会わせてくれた。 俺の気持ちを惑わせて揺さぶって……この結論へ導いてくれた」
○○「そんな……大げさです」
エドモント「君が何と言おうと、俺は君のおかげだと思っているんだ。 だからこれからも、俺のそばに、いてくれるね?」
○○「え……!」
驚いて目を瞬く。
エドモントさんは、そんな私を見てくすりと笑い、そして……。
エドモント「さあ、お姫様、城に戻りましょうか」
とびきり明るい笑顔で、おどけるようにそう言ってくれたのだった。
けれど、その後すぐに……
○○「っ……エドモント、さん?」
エドモントさんが私の手を強引に引き、狭い路地裏へ入り込んでしまった。
エドモント「スラムにも、いい場所があったようだね。ここなら、誰にも見られない……」
○○「っ……!」
いつもと違う、艶めいた輝きが瞳に生まれて……ぎゅっと、エドモントさんが私の腰を引き寄せる。
エドモント「今日まで我慢していたんだよ。 王子らしく……それに、自分らしくなれてから、君とのことはきちんとしたかったから。 何度……君が愛しいと、言おうとしたことか」
○○「……!」
驚きに胸が高鳴り、先ほどから一向に言葉が出てこない。
エドモント「今なら、言ってもいい気がするんだ。 君が好きだ。君が、欲しいって……」
○○「あ……」
情熱的な眼差しでじっと私を見つめながら、エドモントさんが顔を近づけてくる。
(ど、どうすればいいの……?)
高鳴る鼓動を抑えきれずに、何をすればいいのかも分からずに、じっと彼と視線を絡ませてしまう。
やがて吐息もかかる距離で、彼はそっとまつ毛を伏せて……
エドモント「好きだよ……」
しっとりと……唇が、重なった。
ぎゅうっと苦しくなる胸がどうしようもなく、彼の胸にしがみつく。
○○「ん……っ」
エドモントさんが私の腰をさらにぐっと引き寄せて、唇の重なりを深くした。
(もう……駄目……)
息苦しくて切なくてどうしようもなくて……と、そっと解放される。
エドモント「○○……」
とびきり優しく甘い声音で名前を呼ばれた。
エドモント「……駄目だった?」
○○「そ、れは……」
エドモント「ずっと、君にこうして触れたかったんだ。抱き寄せて体を触れ合わせて、口づけて……。 これまで伝えられなかった分、君が愛しいと何度でも伝えたいんだ」
○○「……私、も……」
エドモント「ん? なあに?」
○○「私も……好きです。エドモントさんのこと……」
必死の思いで口にする。
エドモントさんの表情が蕩けるように優しくなって、それから強く搔き抱かれた。
エドモント「ありがとう、○○。じゃあ……。 もう一度……」
○○「……はい」
また、甘くて情熱的な口づけが降り注ぐ。
(この香りは……)
エドモントさんから、この国に来たときに香った、甘く芳醇な紅茶の香りがふわりと漂う。
やっと解放され、いっぱいにあふれ出す彼の想いに応えたくて……
大好きな甘い香りに包まれながら、求められるがままに、彼に身を委ねたのだった…-。
おわり。