エドモントさんが、悲しげに目を伏せる…-。
(私が話に割って入るのも、あまりよくないだろうし……どうしよう)
所在なく視線を泳がせていると、ふと、台所にある茶葉が目についた。
男の子に了承を得て、紅茶を淹れようと思いつく。
(少しでも場が和んでくれるといいんだけど……)
お湯を沸かし、紅茶を淹れてみんなに渡す。
男の子「おかあさん、おねえちゃんが淹れてくれたよ」
母親「すみません……」
○○「いいえ」
男の子の母親は、痩せた体をいっそう小さくして恐縮している。
○○「エドモントさんも、どうぞ」
エドモント「ありがとう、○○」
ほんの少しだけ頬を緩ませ、エドモントさんも受け取ってくれた。
そして一口……。
エドモント「……美味しい……。 そうだった……ここでよく、飲ませてもらった紅茶の味だ……」
それから、エドモントさんと男の子の母親は、ぽつりぽつりと会話をし、エドモントさんは、薬を手配させよう、と言って腰を上げた。
そしてスラムからの帰り道…-。
エドモントさんはふと足を止め、改めてスラムを見渡した。
エドモント「俺達王族が……この街を、こんなふうにしてしまったんだ……。 本当はスラムにも、悪い人間なんていなかったはずなのに……それなのに、俺達が」
その声は、夕焼けに消えてなくなってしまうような細さで……
私はただ、彼自身まで消えてしまわないようにと、強く手を繋ぎ止めることしかできなかった。
エドモント「……○○」
強く握り返された彼の手の熱を、私はいつまでも感じていたいと思った…-。
それから数日…-。
私は、あの男の子の母親の看病で、エドモントさんから受け取った薬を手にスラムへ向かう日々だった。
エドモントさんも、それを止めたりはせず、護衛の人をつけて送り出してくれていた。
(あれから、ひどく悩みこんでいるようだし……)
色々なことを考えれば考えるほど、胸が苦しくなる。
その日も、スラムから城へ戻ってくると……
大臣「ですから一体、今更何をお悩みになられているのです。あそこは害悪です」
エドモント「しかし……」
城の廊下で、大臣とエドモントさんが話していた。
私を見つけたエドモントさんが、急いで表情を柔和にして微笑む。
大臣「では、私はこれで……」
エドモント「ああ……○○、お帰り。今日も何事もなかったかい?」
○○「はい。男の子のお母さんも、かなり回復されたようで……エドモントさんにとても感謝してます」
エドモント「そう……」
○○「あの……」
先ほどの大臣の言葉が胸に引っかかる。
(スラムが取り壊されてしまったら、あの親子は……)
(それに、そこに住むたくさんの人達も、路頭に迷ってしまう)
エドモント「おいで、○○」
まるで、そんな私の不安を察したかのように、エドモントさんが手招きをする。
胸のざわめきを抑えながら、言われるままに、彼のそばへ歩み寄った。
エドモント「大丈夫だから、そんな不安そうな顔をしないで」
○○「でも……スラムが……」
エドモント「困ったな。君を不安にさせるつもりはないのに……そんな表情ばかりさせている」
エドモントさんは、私の手を優しく引き寄せ、ぽんと胸に頭を預けさせてくれる。
最初に嗅いだ、あのマスカットのような香りがふわりと香り……
(なんだか……切ない)
エドモント「○○、大丈夫だよ。君は何も心配する必要はない」
○○「エドモントさん……」
頭が包み込まれるように優しく撫でられる。
エドモント「それに、あのスラムの人達も……もっと最善の道を…-。」
エドモントさんは、そこで言葉を噛み締めるように口を閉じた。
後頭部に触れている彼の手が、ふるえているように感じられる。
(私も、この人を守ってあげたい)
これまでで一番強く、そう思った。
その後、公務があるというエドモントさんと別れて、部屋へ戻っていると……
大臣「……はぁ……まったく」
??「へへっ、大臣様のおっしゃる通りです」
大臣「ふんっ、さっさとあそこが取り壊しになれば、新しい富が生まれるものを。 いつまでもしがみつきおって……」
??「ではどうぞ、我々をひいきに誘致を……約束通りの額はお支払いしますぜ」
(どういうこと……?)
とっさにその場で身を隠しながら、私は血の気が引いていくのを感じたのだった…-。