エドモント「もう、スラムの話はやめよう」
エドモント「それに、あの場所は視察の結果、取り壊すことが決まったんだ」
◯◯「ま、待ってください……」
エドモント「これは決まったことだから。あそこは……危険なんだ」
まるで意地になったように強く言い切るエドモントさんに、私は……
◯◯「エドモントさんは、それでいいんですか……! ?」
言うと、ぴくりとエドモントさんの眉が動いたけれど、その後すぐに自身を律するように顔を引き締めた。
エドモント「俺の感情ではなく、国にとってどうかを考えるべきなんだ」
◯◯「そんな……」
エドモント「とにかく、そういうことなんだ」
◯◯「でも……エドモントさん、たった今、どうにかしなきゃって言ってたのに」
エドモント「……」
◯◯「助けたいって、思ってらっしゃるんですよね……?」
すがるように彼を見つめる。
けれど決してその目を合わせてくれることはなく……
エドモント「ごめんね……もう決まったことなんだ」
◯◯「あ……」
そう言い捨てると、また、すぐに部屋を出て行ってしまった。
…
……
それからいくらも経たないうちに、スラム取り壊しの噂は広まったようだった。
城の中にいても、その噂話が耳に入ってくる。
(きっと、街やスラムにも噂は届いてるよね)
(本当にこれで、いいのかな……?)
一人、思案しながら廊下を歩いていると……
(あれ? 城門の方が、すごく騒がしいような)
気になって、城門へ向かうと…ー。
◯◯「あの、どうしたのですか?」
門兵「あっ、◯◯様。 この汚いガキッ……い、いえ、この少年が、どうしても◯◯様にお会いしたいと」
見ると、門兵が小さな子どもを取り押さえていた。
◯◯「あなたは、あの時の…… !」
それは、この国に来て知り合ったスラムの少年だった。
男の子「おねえちゃん!」
私を見ると、門兵を必死で振り払い駆け寄ってくる。
男の子「おねえちゃん、助けて……! おかあさんが……おかあさんがっ……」
◯◯「落ち着いて。一体どうしたの?」
ぽろぽろと涙を流しながら必死で訴える男の子の前に、ひざをつく。
男の子は、私にぐいと白い花を押しつけ、助けて、と泣き枯れた声で叫んだ。
…
……
男の子の尋常ではない様子に、私はスラムへ向かった。
(行っちゃいけないことはわかってるけど、でも今は……)
駆けるようにして向かった男の子の家に到着すると、病に伏せり苦しげに咳を繰り返す、男の子の母親が横たわっていた。
男の子「せきが……とまらないの」
スラムの男の子の話によると、母親の咳は数日前から続いているらしい。
もう何日もこのような状態で、かなり体も衰弱しているようだった。
男の子「うっ、ひっく……おねえちゃん……僕、どうすればいいの。 おとうさんもいないし……お薬を買うお金もないんだ……。 おかあさん、ひっくっ、おかあさんっ、どうなっちゃうのかな……」
◯◯「大丈夫、大丈夫だよ」
(まずは……薬を手に入れないと)
◯◯「待ってて。必ず戻ってくるから」
男の子に約束をして、ひとまず私は彼の家を後にした。
一人になり、薬を求め市街地への道を急いでいると……
(え? 誰か、ついてくる……?)
以前も男に何かされそうになったことを思い出し、身震いが起きる。
◯◯「っ!?」
恐怖のせいで駆け出そうとした時、ぐっと腕をつかまれた。
心臓が縮み上がりそうになったけれど……
エドモント「やっぱり……◯◯」
◯◯「え……? エドモントさん?」
振り返ると、城の兵士達を従えたエドモントさんが、驚きの眼差しを私に向けていた。
エドモント「どうして、君がここへ……?」
◯◯「エドモントさん…… !」
安堵感と喜びが一気に膨れ上がって、考えるよりも先に体が動き、彼に抱きついていた。
エドモント「◯◯…… ?」
ぎゅっと彼の体にしがみつくと、ふんわりと背中を両腕で包み込まれ……
それから、ぎゅっときつく抱き締められた。
(よかった……怖かった……)
こんなにも安心できる存在になっていた彼にしがみつきながら、ゆるゆると力が抜けていくのを感じた。
エドモント「怪我は? 大丈夫? 」
◯◯「はい……ごめんなさい」
エドモント「謝るということは、自分が悪いことをした自覚があるのかな?」
◯◯「私……エドモントさんに言われていたのに、街へ来てしまって」
エドモント「そうだね。悪い子だ」
抱き締められたまま優しく背中を撫でられ、それから頭を撫でられる。
エドモント「さて、ちゃんと教えてくれるかな君がどうしてこんなところにいるのか」
互いの体をゆっくりと離しながら、エドモントさんが優しい口調で問いかけた。
◯◯「それが実は……」
スラムの男の子に呼ばれ、病気の母親の様子を見たことを、エドモントさんに話す。
すると……
エドモント「何だって……」
エドモントさんの表情がさっと変わった。
◯◯「エドモントさん……?」
(急に顔色を変えて……どうしたの?)
その時私達はただ必死で、物陰で盗み聞きをしていた大臣に、気づく余裕などなかったのだった…ー。