第5話 揺れる過去と、結末

街の視察からエドモントさんと戻り、そのまま彼の部屋へ通された。

綺麗に整えられた豪華で品のいい部屋の中で、椅子に向かい合って腰掛ける。

エドモント「本当に何事もなく見つかって、よかったよ」

◯◯「心配かけて、ごめんなさい」

エドモント「いいんだ、君が無事ならそれで」

優しく柔らかな動きで手が伸びてきて、そっと私の頬に触れる。

エドモント「ねえ、君はどうして、街へ一緒に行きたいと言い出したんだい?」

◯◯「それ、は……」

エドモント「ふふっ、言いにくければいいよ。では、あの街を見てどう思った? 他国から来た姫君は、どんなふうに感じたのかな……」

◯◯「明るい所だと思いました。 親切な人もたくさんいましたし」

エドモント「そう……やっぱり君は、純粋な子だね」

沈痛な面持ちで、エドモントさんは視線を逸らしてしまう。

◯◯「エドモントさん……?」

彼の気持ちをたぐり寄せたくて、私は、そっと彼の手を握りしめた。

エドモント「◯◯……」

エドモントさんの瞳が、静かに私を映し出している。

エドモント「俺は……。 あのスラム街の人達に、誘拐されたことがあるんだ」

◯◯「誘拐…… ! ?」

私の手を握る、エドモントさんの手の力が強められる。

エドモント「あのスラムは元々は、国政として衛生計画のために住宅街化したものだった。 俺も幼い頃、父上に連れられて、よくあの場所に行っていた」

エドモントさんは、その頃のことを強く思い出しているのか、いつになく表情を険しくしていた。

エドモント「足を運ぶうちに俺もあの住宅街やそこに住む人達と仲良くなれてね。 いつしか、一人でも向かうようになった。もちろん、内緒で城を抜け出してね」

◯◯「エドモントさんが……? なんだか意外です」

そう言うと、エドモントさんがくすりと笑う。

エドモント「父は厳格な人で、俺は城にばかりいる毎日だったから、彼らと過ごす時間がとても楽しかったんだ。 皆、とても優しかったしね。俺が王子だからと、違った目で見たりしなかった。 他の子どもと同じように扱ってくれたり、食事も一緒にとったり……」

今度は、エドモントさんの表情がほんのりと柔らかくなっている。

(きっと、素敵な思い出が詰まってるんだ……)

エドモント「でも……。 国があそこの管理を放棄し始め、それから一気に治安が悪くなり……」

また次第に曇っていくエドモントさんの表情を前に、触れ合った手をぎゅっと強く握る。

二つの手が絡んで、しっかりと繋がった。

エドモント「ある日……俺がいつものように、遊びに行ったときだった。 俺は、誘拐されたんだ」

◯◯「……」

エドモント「犯人は、いつも俺によくしてくれていた大人達だった。 その時には、何とか隙を見て逃げ出すことができたけれど」

◯◯「そんなことがあったなんて……」

エドモント「ショックだったよ。大好きだった場所が……大好きだった人達が、みんな恐ろしくなった」

エドモントさんが繋いでいた手を引き寄せるようにして、両手で私の手を包み込んだ。

エドモント「それ以来、俺もあのスラムに関わることを避けてきた。 元はと言えば、俺達王族があそこをあんな風にしてしまったのに…ー」

(エドモントさんが辛そうだったのは……こういうことだったんだ)

(自分の辛い過去と、王族としての責任に、板挟みになっていたから……)

悲痛な思いが伝わってきて、強く胸を締めつける。

何か言おう、そう思った時、部屋の扉をノックする音が静寂を切り裂いた。

大臣「エドモント様」

エドモント「……どうした」

大臣「国王陛下がお呼びです。視察の結果を報告するようにと」

エドモント「……わかった。すぐに行く」

扉越しの応対を終え、エドモントさんはゆっくりと繋いでいた手をほどいた。

そして、ぽんと優しく私の頭をひと撫でする。

エドモント「すぐに終わるから、ここで待っていてくれるかい?」

◯◯「……はい」

エドモント「いい子だね」

最後に、ふわりとした彼特有の笑みを残して、彼は部屋を出て行った。

それからしばらく、私はエドモントさんとスラムについて考えていた。

(エドモントさんは、スラムを助けたいと思ってる……)

(私も……あの街の人達を助けてあげたい)

すると、部屋の扉がノックされ、工ドモントさんが戻ってきた。

エドモント「少し時間がかかってしまったね。申し訳ない」

◯◯「エドモントさん、私……何かお手伝いできることはないでしょうか」

エドモント「◯◯……」

けれど、彼は悲しげに眉を寄せ、緩く首を振った。

エドモント「もう、スラムの話はやめよう」

◯◯「え? どうして…ー」

エドモント「君をこれ以上巻き込んで、危険な目に遭わせるわけにはいかない。 それに、あの場所は視察の結果、取り壊すことが決まったんだ」

その言葉に、私はその場で、言葉を失ってしまった…ー。

 

 

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