街へ到着すると、エドモントさんはすぐに視察を始めた。
エドモント「この辺りは以前と変わらず、綺麗なままだね」
大臣「そうですね。しかし一歩裏へ回れば、スラム地帯は悪化の一途を辿っております」
エドモント「具体的には」
大臣「老朽化はかなり深刻かと」
エドモント「建造物の書類を」
大臣「はっ」
エドモントさんが、書類に目を通し、街を見渡す。
街の人々はみんな、遠巻きに物珍しそうに私達を見ていた。
(エドモントさんは、あまり視察をしないような口ぶりだったから……珍しいのかな?)
その時、どこからか怒号が聞こえてきた。
男「タダで済むと思ってんのか!?」
(な、何! ?)
目を向けるとそこには…ー。
大の男数人に囲まれて、男の子が身を小さくして怯えていた。
(あれは……)
ー----
男の子「ねえ、おねえちゃん、クッキーちょうだい!」
ー----
(あの時の男の子…… ! ?)
◯◯「あの! どうしたんですか?」
思わず、男の子を庇うように、男達の前に立ちはだかってしまう。
男「邪魔すんじゃねえ。こいつは、俺達の荷物を盗もうとしやがったんだ」
◯◯「え…ー」
男の子「……ご、ごめんなさい……」
肩をふるわせながら謝罪をする男の子の姿がいたたまれず、ぎゅっと彼の体を抱き寄せる。
◯◯「……すみません。私からも謝ります。どうか、許してあげてください」
男達に向かって、私は深々と頭を下げた。
男の子「おねえちゃん……」
男「人のモンに手ぇつけて、許すわけねえだろ! 邪魔するならお前も…ー」
男が、私達に向かって拳を振り上げるけど…一。
街の人「おい! やめろよ! 女と子ども相手じゃねえか!」
街の人「そうだ。そんなに謝ってるんだ。許してやれよ」
騒ぎに駆け付けたスラムの人達が、男達に向かって次々に声を浴びせた。
男「……ちっ!」
それからしばらく男達は渋っていたけれど、やがて立ち去ってくれた。
男の子「おねえちゃん……ありがとう」
やっとふるえの止まった男の子から手を離すと、力なくも笑ってくれた。
◯◯「ううん……もう、盗みなんかしちゃ駄目だよ?」
男の子「うん……ごめんなさい」
反省した様子の男の子に別れを言って、エドモントさんのところへ戻ろうとするけれど……
◯◯「あれ?」
(エドモントさんが、どこにもいない……)
男の子「おねえちゃん、もしかして迷子?」
◯◯「う、うん……そうみたい」
街の人「エドモント王子かい? さっき、あちらの方で視察をしているのを見かけたよ」
私達を助けてくれた街の人が、親切に教えてくれた。
◯◯「ありがとうございます!」
(親切な人達だな……)
街の人達にお礼を言って、エドモントさんがいるという方へ歩き出す。
しばらく歩いていると…ー。
◯◯「っ…… !」
さきほどの男達が、私達の前にのっそりと立ちはだかった。
◯◯「あ、あなたはさっきの……」
男「お前、エドモント王子の連れだったんだってな。 さぞかし身分の高いお嬢さんなんだろうな……なあ、俺達と一緒に来てくれねえか?」
ぎらりと鈍い瞳に、ぞくりと背筋が凍りつくのを感じる。
(嫌だ、怖い…… ! )
その時…ー。
エドモント「そこで何をしている!」
颯爽と現れたのは、先ほどから捜し回っていたエドモントさん本人と、城の兵士達だった。
スラム男「……クソッ」
すぐさま男は逃げて行き、エドモントさんがほっと表情を緩ませた。
しかし、それも束の間……
エドモント「…… ! どこに行っていたんだ? 」
エドモントさんは、私に駆け寄るときつく肩をつかんだ。
エドモント「俺から離れないでって言ったよね?」
◯◯「……ごめんなさい」
エドモント「絶対に離れては駄目だと言ったのに」
◯◯「だ、大丈夫です」
エドモント「大丈夫、じゃないだろう? ……震えているよ」
エドモントさんが、安心させるように私の背中に手を当ててくれる。
エドモント「……やっぱり、君を連れてくるべきじゃなかった」
◯◯「え……?」
エドモント「あのまま拉致されでもすれば、大変なことになるところだった」
うつむいたままのエドモントさんの顔に、柔らかそうな髪が影を作る。
◯◯「エドモントさん……でも、スラムにも親切な人がたくさんいました」
エドモント「……」
◯◯「エドモントさん……?」
無言でうつむいた彼の顔を、思わず覗き込もうとすると……
エドモント「暗い雰囲気になってしまってごめんね。城へ戻ろう」
◯◯「あ……」
エドモントさんが強く、私の手を握り歩き始めた。
普段の、ふんわりと優しい彼の手はここにはなくて……
様々な感情を必死で握りしめるかのように、強く、私の手を取る彼の手があった…ー。