第4話 スラムの事情と、彼の手

街へ到着すると、エドモントさんはすぐに視察を始めた。

エドモント「この辺りは以前と変わらず、綺麗なままだね」

大臣「そうですね。しかし一歩裏へ回れば、スラム地帯は悪化の一途を辿っております」

エドモント「具体的には」

大臣「老朽化はかなり深刻かと」

エドモント「建造物の書類を」

大臣「はっ」

エドモントさんが、書類に目を通し、街を見渡す。

街の人々はみんな、遠巻きに物珍しそうに私達を見ていた。

(エドモントさんは、あまり視察をしないような口ぶりだったから……珍しいのかな?)

その時、どこからか怒号が聞こえてきた。

男「タダで済むと思ってんのか!?」

(な、何! ?)

目を向けるとそこには…ー。

大の男数人に囲まれて、男の子が身を小さくして怯えていた。

(あれは……)

ー----
男の子「ねえ、おねえちゃん、クッキーちょうだい!」

ー----

(あの時の男の子…… ! ?)

◯◯「あの! どうしたんですか?」

思わず、男の子を庇うように、男達の前に立ちはだかってしまう。

男「邪魔すんじゃねえ。こいつは、俺達の荷物を盗もうとしやがったんだ」

◯◯「え…ー」

男の子「……ご、ごめんなさい……」

肩をふるわせながら謝罪をする男の子の姿がいたたまれず、ぎゅっと彼の体を抱き寄せる。

◯◯「……すみません。私からも謝ります。どうか、許してあげてください」

男達に向かって、私は深々と頭を下げた。

男の子「おねえちゃん……」

男「人のモンに手ぇつけて、許すわけねえだろ! 邪魔するならお前も…ー」

男が、私達に向かって拳を振り上げるけど…一。

街の人「おい! やめろよ! 女と子ども相手じゃねえか!」

街の人「そうだ。そんなに謝ってるんだ。許してやれよ」

騒ぎに駆け付けたスラムの人達が、男達に向かって次々に声を浴びせた。

男「……ちっ!」

それからしばらく男達は渋っていたけれど、やがて立ち去ってくれた。

男の子「おねえちゃん……ありがとう」

やっとふるえの止まった男の子から手を離すと、力なくも笑ってくれた。

◯◯「ううん……もう、盗みなんかしちゃ駄目だよ?」

男の子「うん……ごめんなさい」

反省した様子の男の子に別れを言って、エドモントさんのところへ戻ろうとするけれど……

◯◯「あれ?」

(エドモントさんが、どこにもいない……)

男の子「おねえちゃん、もしかして迷子?」

◯◯「う、うん……そうみたい」

街の人「エドモント王子かい? さっき、あちらの方で視察をしているのを見かけたよ」

私達を助けてくれた街の人が、親切に教えてくれた。

◯◯「ありがとうございます!」

(親切な人達だな……)

街の人達にお礼を言って、エドモントさんがいるという方へ歩き出す。

しばらく歩いていると…ー。

◯◯「っ…… !」

さきほどの男達が、私達の前にのっそりと立ちはだかった。

◯◯「あ、あなたはさっきの……」

男「お前、エドモント王子の連れだったんだってな。 さぞかし身分の高いお嬢さんなんだろうな……なあ、俺達と一緒に来てくれねえか?」

ぎらりと鈍い瞳に、ぞくりと背筋が凍りつくのを感じる。

(嫌だ、怖い…… ! )

その時…ー。

エドモント「そこで何をしている!」

颯爽と現れたのは、先ほどから捜し回っていたエドモントさん本人と、城の兵士達だった。

スラム男「……クソッ」

すぐさま男は逃げて行き、エドモントさんがほっと表情を緩ませた。

しかし、それも束の間……

エドモント「…… ! どこに行っていたんだ? 」

エドモントさんは、私に駆け寄るときつく肩をつかんだ。

エドモント「俺から離れないでって言ったよね?」

◯◯「……ごめんなさい」

エドモント「絶対に離れては駄目だと言ったのに」

◯◯「だ、大丈夫です」

エドモント「大丈夫、じゃないだろう? ……震えているよ」

エドモントさんが、安心させるように私の背中に手を当ててくれる。

エドモント「……やっぱり、君を連れてくるべきじゃなかった」

◯◯「え……?」

エドモント「あのまま拉致されでもすれば、大変なことになるところだった」

うつむいたままのエドモントさんの顔に、柔らかそうな髪が影を作る。

◯◯「エドモントさん……でも、スラムにも親切な人がたくさんいました」

エドモント「……」

◯◯「エドモントさん……?」

無言でうつむいた彼の顔を、思わず覗き込もうとすると……

エドモント「暗い雰囲気になってしまってごめんね。城へ戻ろう」

◯◯「あ……」

エドモントさんが強く、私の手を握り歩き始めた。

普段の、ふんわりと優しい彼の手はここにはなくて……

様々な感情を必死で握りしめるかのように、強く、私の手を取る彼の手があった…ー。

 

 

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