その翌朝…ー。
(昨日エドモントさんの言っていたスラムのことが気になって、あまり眠れなかった……)
胸に引っかかる気持ちが抜けなくて、私は気分を変えるため、中庭へ足を伸ばすことにした。
美しい花の咲き誇る中庭に出ると、何やら話し声が聞こえてきた。
(あれ? この声……エドモントさん?)
自然と足を止め、耳を澄ます。
大臣「エドモント様、ご決断を」
エドモント「そうすぐに決断できることではないよ。父上とも、もっときちんと話し合いたい」
(やっぱり。それに、もう一人は、昨日の大臣さん、かな?)
立ち聞きをしているようで気が引けてしまい、その場を離れようとすると……
大臣「エドモント様! あのスラムは、我が国の環境を阻害するものです」
大きな声が聞こえてきて、思わずその場で固まってしまう。
大臣「今すぐに取り壊すべきだと、議会でも意見が上がっております。 それに。貴方様がどんな目に遭わされたのか、よもや忘れたわけではありませんよね?」
エドモント「それは……」
エドモントさんが、苦しそうに瞳を閉じる。
大臣「エドモント様」
エドモント「……わかったよ、大臣。けれど、一度視察に行かせてくれ」
(とても重要な話だよね? このまま聞いてちゃ駄目だ)
そう思って、一歩後ずさった時…ー。
エドモント「誰だっ!?」
足音を立ててしまったせいか、エドモントさんの声が飛んでくる。
少しためらったものの、私はおずおずと顔を出した。
◯◯「ごめんなさい。大事な話みたいだから、すぐに離れようと思ったんだけど……」
エドモント「君か……」
エドモントさんが、私を確認して、困ったように笑みを浮かべる。
それから柔らかな手つきで、手招きをしてくれた。
エドモント「いいよ、こちらへおいで。 恐らく聞こえていたとは思うけれど……ごめんね、◯◯。 これから街へ出かけたいから、今日は一人で過ごしてくれるかな? また明日は、君が楽しめるようにお相手をしよう」
◯◯「一人なのは大丈夫です。でも……」
エドモント「どうしたんだい?」
エドモントさんが、優しい表情で私の言葉の先を待ってくれている。
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大臣「それに。貴方様がどんな目に遭わされたのか、よもや忘れたわけではありませんよね?」
エドモント「それは……」
ー----
◯◯「あの、私も街へご一緒してはいけないでしょうか?」
気が付くと、そう言ってしまっていた。
エドモント「え? 何を言っているんだ! 駄目だよ。言っただろう?」
◯◯「でも……。 エドモントさんは……何とかしたいと思っているんですね」
エドモント「ああ……けれど、俺は…ー」
昨日のエドモントさんの、つらそうな様子がどうしても頭に思い浮かんでしまう。
(何か力になれればいいのに)
大臣「良いではありませんか、エドモント様」
◯◯「え……?」
エドモント「何を言っているんだ、大臣。彼女を危険にさらすような真似は、絶対に駄目だ」
大臣「しかし、せっかく他国の王族の方がいらっしゃっているのですから。 ご覧になっていただき、意見を頂戴したいものです」
エドモント「そうは言っても、彼女は姫君だし、女性をあのような危険な場所に連れて行くわけには……」
大臣「もう何年もまとまっていない問題でございますよ? せっかくの機会でございます」
大臣は、にやりと口角を上げてエドモントさんを見ている。
その様子に、妙に胸がざわつくのを感じた。
エドモント「……わかったよ。では、今回だけはそうしよう。 確かに大臣の言う通り、様々な意見を取り入れるのは大切なことだからね」
(連れて行ってもらえるのは、うれしいけど……)
◯◯「あの、ありがとうございます」
私の援護をしてくれた、大臣にお礼を言うと…ー。
大臣「いえ。こちらこそ、無理にお願いしてしまい。 万が一何かあったとしても……我々がお守りいたしますので」
その言葉とは裏腹に、大臣のその雰囲気になぜだか怪しさを感じてしまう。
◯◯「は、はい……ありがとうございます」
エドモント「ただし、◯◯。 街では決して、俺のそばから離れてはいけないよ」
◯◯「はい」
エドモント「うん、いい子だね」
ふわりと大きな手のひらで頭を撫でられる。
(そんなに危険な場所……なのかな?)
胸の痛みを隠そうと私は、笑顔を作るのだった…ー。