エドモント「……もしかして、市街地に寄ったの?」
エドモントさんの瞳が、惑うように揺れている……
エドモント「いいかい、◯◯。 もう二度と、ひとりで市街地に行ってはいけないよ」
突然のその言葉に、私は……
◯◯「はい、わかりました」
さきほどとは違う、彼の強いそのロ調に、頷かずにいられなかった。
エドモント「うん、いい子だね」
すると、彼はやっと、ふわりとした笑みを戻して微笑んでくれた。
エドモント「さ、この話はもう終わりにしよう。 帰りには使者に送らせるから、君は何も心配しなくていいからね」
私が頷くと、エドモントさんは改めて執事さんに私の座る椅子を引かせた。
◯◯「ありがとうございます」
エドモント「さあ、紅茶を飲もう。君のために用意しておいた一級品だ。 それに今日は、君が持ってきてくれた特別なクッキーもあるし」
ふわりと生まれる、エドモントさんらしい優しい笑み。
口元に笑みを絶やさないまま、彼は長くて綺麗な指先を操って紅茶を淹れていく。
エドモント「さあ、どうぞ」
◯◯「ありがとうございます。いい香り」
それから夕暮れまで、エドモントさんと二人のティーパーティーは続いた。
…
……
◯◯「すると、紅茶の国はこの国の他にもあるのですね」
エドモント「ああ、各々の国が、独特の紅茶の産地でね。有名なんだよ。 でも、うちがきっと一番美味しいよ」
悪戯っぽく、エドモントさんが笑ってみせる。
彼の優しい雰囲気に、私はいつの間にか時間を忘れ、会話を楽しんでいた。
その時…ー。
大臣「失礼いたします、エドモント様。例の件でお話が……」
恰幅のいい一人の男性がこちらへやってきた。
エドモント「大臣……見てわかるように、今は来客中だ。後にしてくれないか」
大臣「……申し訳ございません。では、また今夜にでも」
と、大臣がテーブルの隅へ視線を向ける。
大臣「おや? この花は」
エドモント「……」
大臣「王子……あまりスラムに肩入れなさいませんよう」
(スラム…… ? )
エドモント「わかっている。これは何でもない。もう下がれ」
大臣は頭を下げると、ホールを出て行った。
◯◯「あの……どういうことですか?」
エドモント「それは……」
彼は憂いを帯びた顔を、そっと伏せた。
美しい顔に、蒼い影が落ちて、そして……
エドモント「この国には、スラム街があるんだ。 君が花をもらったという少年は、恐らくそのスラム街の少年だよ。 その花は、スラムにしか咲いていない花だからね……」
(あの男の子が、スラムの……)
エドモント「けれど、あの地帯も最初から、治安が乱れていたわけではないんだ。 元々は、国政の一環で作られた新興の住宅街で、立派なアパートがたくさん建ってた」
◯◯「そうなんですか……」
エドモント「ああ。けれど、国はスラム化について、見てみぬふりをしている。 本気で立て直すには、かなりの予算を必要とするからと言ってね……。 情けない話だよ」
唇を噛みしめるようなエドモントさんの表情に、胸が軋む。
それに、あの男の子のことも……
◯◯「エドモントさんは……何とかしたいと思っているんですね」
エドモント「ああ……けれど、俺は…ー」
(エドモントさん……?)
悲しそうに顔を伏せる彼に、それ以上問うことはできずに、代わりにそっと彼の手に触れる。
エドモント「……ごめんね。こんな暗い話はやめよう」
エドモントさんは、痛みをかみ殺すような顔で微笑んでくれた。
◯◯「……」
エドモント「ふふっ、ほら、そんな暗い顔をしないで」
重ねていた手を、ふわりと握り締められた。
エドモント「ティーパーティーは楽しめたかな?」
◯◯「はい。とっても」
明るい顔を見せてくれる彼に応えるように、私もにっこりと笑顔を作る。
すると…ー。
エドモント「そう……」
エドモントさんの頬が、かすかに赤くなる。
エドモント「……喜んでもらえてよかった。 せっかく来てくれたんだ。楽しんでいって」
エドモントさんは、この部屋に入ってきた時と同様、優雅にエスコートしてくれた。
けれど…一。
ー----
エドモント「情けない話だよ」
ー----
さきほど見せた、彼の苦しそうな表情に、私の胸は痛んでいた…ー。