冬のひんやりとした空気が、店内にも微かに入りこんでくる…ー。
マッドハッター「ではさっそくそのドレスに似合う帽子を仕立てて差し上げましょう」
帽子屋さんがデザインしたドレスに合う帽子を仕立ててもらうことになった私に、
彼の嬉々とした視線が向けられていた。
マッドハッター「君に似合うのは…さて、どのような帽子でしょう?」
私を椅子に座らせて、その頭上で彼が魔法のような指先を動かす。
(すごい…)
呼吸をするように自然に、帽子屋さんの指が美しいデザインを紡ぎ出していく。
マッドハッター「ふふ…こうして仕事以外で帽子を女性のために仕立てて差し上げるのはいつ以来でしょう?」
随分と楽しそうに彼は言って、鏡に映った私に笑いかける。
○○「憶えていないのですか?」
マッドハッター「ええ、遥か昔のことなので。それくらい特別なこのなのですよ?」
彼の指先が様々な布地にハサミを入れ、花を生けるようにレースを飾る。
惚れ惚れするような器用な指先に、私は思わず息を吐いてしまった。
マッドハッター「おや、物憂げなため息ですね、何か不満でも?」
○○「まさかそんな!…でもどうして私にそんな特別なことを?」
彼は私の耳元へ顔を近づけて、帽子のデザインを確認するように鏡を覗き込む。
マッドハッター「おわかりになりませんか?」
○○「え?」
その問いかけは彼にしては沈んだ声で、胸がそっと締め付けられた。
彼はさらにまるで愛しさを注ぐように私の耳に囁く。
マッドハッター「○○嬢…私の真意のヒントは、すでに君に伝えているのですが…。 本当に気づいておられない?」
さらに声が一段と低くなって、鏡に映る瞳に悲哀が滲む。
その上、珍しく彼に自分の名前を呼ばれたことで、私の心が揺さぶられる
(ヒント?私はもう、帽子屋さんから聞いている…?)
(いったいどこで?それはいつ?)
彼と過ごした数日前のことを思い起こすも、
心ばかりが逸ってしまい、何一つ私にはわからない…
○○「ごめんなさい…私、何も気づいてないみたいで。 どうか教えてはもらえませんか?」
マッドハッター「…」
私の願いに彼は無言のまま、ただ寂しく瞳を伏せたのだった…ー。