穏やかな波の音が響いている。
オレ達は穴場の入り江から出て、アイスを買うために歩いていた。
(ずっとオマエに会いたかった…なんて、素直に言えるわけねえよな)
隣を歩く〇〇を直視できない。
(くそっ。照れくさくてオマエの顔ちゃんと見れねえわ…)
自分の気持ちを誤魔化すように、視線を遠くへ向ける。
(本当はもっと近くでオマエを感じたいのに…)
…
……
オレ達は、途中で見晴らしのいい高台に寄り道をした。
海に突き出た形の高台から浜辺の方を振り返ると、パラソルが乱立するビーチが見渡せる。
(たくさんの人がいる中で、オレは〇〇と出会えた。それって奇跡だよなぁ)
〇〇「たくさん人がいますね」
(オレの頭ん中は、オマエのことばっかだけど…)
陽影「アイス屋も混んでるかな?」
どんな表情をしているのか知りたくて、オレは〇〇の顔を覗き込む。
けれど、彼女は恥ずかしそうに顔を逸らしてしまった。
〇〇「べ、別にアイスは…」
陽影「ハハハッ!」
(ホント素直だな、オマエは)
オレは笑いながらしゃがみ込む。
(そうやって、オレをいつも楽しませてくれる)
ふと、水面に映った笑顔の自分と目が合った。
(でも、もしかしてオレばっかりが楽しんでる…のか?)
心が曇るオレとは対照的に、眼下の海はとても澄んでいて、色鮮やかな海草が揺らめている。
陽影「なあ見てみろよ。水が澄んでてすごい綺麗だぞ」
つがいの真っ赤な小魚が、二匹並んで目の前を泳いでいく。
陽影「飛び込んだら気持ちいいだろうな」
仲良さそうに泳ぐ小魚達の行方を目で追っていると…-。
陽影「わああ…!?」
突然、背中に〇〇の指先が触れた。
〇〇「ご、ごめんなさい…! まさかこんなに驚かせちゃうとは思わなくて…」
〇〇は、泣き出しそうな顔をしている。
陽影「オマエなー! 何して…る…クククッ…」
(ダメだ。なんかおかしくって…)
オレは途中から声が震え、最後には腹を抱えて笑ってしまった。
(っていうか、オレもひでえ声)
陽影「いまのオレの間抜けな声…ひどいわ…ククッ…」
(ホント、オマエといると、笑ってばっかだわ…)
頬を赤くする〇〇を見ていたら、愛しさが込み上げてくる。
(〇〇…)
オレは起こしてほしいと無言で求めるように、手を伸ばした。
(オレは本当はどうしたいか、オマエはわかってないんだろうな)
〇〇は一瞬ためらった様子を見せたけれど、オレの手を掴んだ。
(教えてやるよ)
オレは力強く〇〇の手を引く。
〇〇「…!!」
陽影「…おっと!」
バランスを崩して胸に飛び込んできた〇〇を、オレはそのまま抱きしめる。
柔らかな感触が胸に広がった。
陽影「参ったか! さっきの仕返しだ」
耳元でそう囁くと、〇〇は顔を真っ赤に染めてオレの肩に顔を埋めた。
〇〇「も、もう…陽影さん」
(オマエの反応…かわいい)
陽影「オレを驚かそうなんて百年早いんだよ!」
〇〇「…はい、肝に銘じておきます…」
素直な姿を見ていると、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。
陽影「…まあでもホントは、仕返しなんて口実なんだけどな」
気づいたらオレも、素直な気持ちが溢れ出していた。
〇〇「え…?」
(ホントにオマエはすごいよな)
陽影「…この国で再会してからずっと、オマエのことこうしたかった」
(こんなにもオレを、素直にさせちまう…)
陽影「…いや、違う。離れてる間だって何度も、オマエのこと思い出してたんだよ、実は」
腕から〇〇の鼓動が伝わってくる。
〇〇「陽影さん…」
(ずっと、こうしていたい…)
陽影「オマエは? オレのことすっかり忘れてたなんて言ったら許さないぞ」
〇〇「忘れたりなんか…しません…」
その言葉が胸に刺さった。
〇〇「陽影さんが私を誘ってくれて、とても嬉しかったんですよ」
そう言って、オレの胸に頬を擦り寄せて…
(そっか…幸せって、こういうもんなのかな)
オレは潮風にすらも邪魔されたくなくて、〇〇を強く抱きしめた。
陽影「だったら、誘って正解だったな。 オレって夢中になると、周りが見えないほどのめり込むタイプだから…。 オマエに気持ちを押しつけてないか、時々不安になるんだ」
〇〇「そんなことないです…!」
その真剣な顔が、嘘偽りのないことを証明している。
陽影「ならいいけど…」
(ばっかだなぁ…オレは。一人で勝手に不安になって)
(そうだよな。オマエみたいに素直になればいいんだよな)
陽影「まあオマエへの気持ちは止めらんないし、止めるつもりもないけどな」
素直に言ってみるものの…恥ずかしくなり、〇〇を離すと海に視線を移した。
(でも、ホントにそう思うんだ)
〇〇の温もりが残る手のひらを、握りしめる。
(この海に約束するよ。この先も変わらず、オマエを好きだって…-)
〇〇の吐息を隣で感じながら、束の間の幸せを噛みしめる。
海はどこまでも穏やかに、オレ達を見つめていた…-。
おわり。