短距離走の世界記録へ挑戦した、その翌日…ー。
オレは珍しく、何もない穏やかな休息の時を○○と共に過ごしていた。
ヴィオ「こうしてゆっくりするのは、随分久しぶりだな」
全身をだらりとソファにー預けながら部屋の窓から青空を眺める。
○○「ずっと頑張ってましたから…今日くらいはお休みでいいんじゃないですか?」
ヴィオ「そうかー?体がなまっちまいそうだ」
肩を鳴らして大きく伸びをすると、向かいに座った○○が微笑んだ。
○○「ヴィオさんは本当に体を動かすことが好きなんですね」
ヴィオ「ああ!毎朝起きたら筋トレはかかさないし、寝る前もかかさないからな。 それに、食べ物も気を使って…」
そこまで話して、オレは昨日のことを思い出した。
約束を守れなくて諦めようとしたオレにこいつがかけてくれたのは…ー。
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○○「駄目です!諦めないでください…! 私、皆に夢を与えたいっていうヴィオさんの言葉に感動したんです。 私も皆も、ヴィオさんに勇気をもらっているんです。 だから、諦めないで…私はそんなヴィオさんが…ー」
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真剣な声と瞳はあの時、確かにオレの心を打った。
(けどあれ、○○は何を言おうとしてたんだ?)
結局その後は、競技場に集まった観客達の声援に励まされたり、約束をした男の子とのやり取りで、知りたかった言葉の続きは聞けないままだ。
(これって、聞いてもいいのか…?)
○○「ヴィオさん…?」
ヴィオ「いや…昨日は、また格好悪いとこ見せちまった、と思ってな…」
どうにも小さい頃から世界一になることにばかり夢中になっていたせいか
こういった事柄については無知で、誤魔化すことすらできない。
○○「そんな…格好悪くなんてありません」
真っ直ぐな瞳がオレを見るのが落ち着かない。
(けれど、悪い気は全然しない…むしろ嬉しい…)
ヴィオ「けど、今度こそはって本気で思ってたんだ。何でいつも、あと一歩のところで…格好悪い…」
つぶやくとこれまでに何度も味わった悔しさがよみがえってきて、
○○から視線を落とした。
(どうしてかわからないけれど、こいつの前では格好いいオレでいたい…)
(けど、なんでだ…?)
経験したことのない気持ちが胸に霧を作る。
(この気持ちはなんなんだ…?オレ、○○から何を聞きたかったんだ…?)
頭の後ろで手を組んでしばらく考えても答えは出てこない…
その時、○○の澄んだ声が部屋に響いた。
○○「ヴィオさん、本当に格好悪くなんかありませんでした。むしろ私はすごく感動しました。 いくら記録は破れなくても、競技で一番になれなくても。 真剣にそれを目指して頑張ることが、皆に新しい力を与える…ヴィオさんを見てるとそう思います。 私にとっては、そんなヴィオさんが一番だって…」
ヴィオ「っ…!?」
伝えられた言葉に思わず目を見張った。
(すごいな、コイツ…)
うまく言い表せれない感動が胸の奥から湧き上がってきて。
オレは○○の顔を見つめることしかできなかった。
(何でこんなに、心に刺さるんだ)
そのまま目を引き付けられていると、○○の頬が赤く染まった。
○○「…ヴィオさんはたくさんの人に、夢を与えてくれています。 私にも、あの男の子にも、この国のたくさんの人にも…! だから格好悪くなんて絶対にないし、これからもヴィオさんのままで変わらずにいてください。 私は、そんなヴィオさんをずっと応援していきたい…!」
よく響く声で伝えられた言葉はすとんとオレの胸の一番深いところへ落ちてきた。
(この○○の言葉って…)
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○○「だから、諦めないで…私はそんなヴィオさんが…ー」
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もう一度、昨日の言葉がよみがえる。
ヴィオ「○○…ずっとって、それは」
(あの時の、言葉の続きなのか?それとも…)
ほんの数秒の間を置いて、彼女は慌てて席を立った。
小さな顔は、輪をかけて真っ赤になっている。
○○「あの、私…ー」
震える声を聞いて、オレは思わず○○の腕を掴んだ。
ヴィオ「駄目だ。行かせない」
名前のわからない気持ちに急かされて手に力が入る。
ヴィオ「そう言ってくれるなら、今も傍にいてくれ。 そして、これからも…ずっと…」
オレは○○の手を引いて、自分の横に腰を下ろさせた。
ヴィオ「オマエの言葉は不思議だな…。 オレの腹の底から、力を湧き上がらせてくれるような、不思議な力を持っている。 それに、こうしてると…安心する」
静かに彼女を抱き寄せて、その髪に鼻先を埋めると、息を大きく吸い込んだ。
ヴィオ「オレは皆を元気にする…けど、オレのことも○○が元気にしてくれるか?」
○○「私が…?」
ヴィオ「ああ」
甘い香りが鼻孔に広がり、穏やかな気持ちが胸に溢れると…
○○「はい、もちろんです」
彼女は柔らかく微笑んで、オレをさらに満たしてくれた。
ヴィオ「少しだけこのまま…元気を充電させてくれよ。いいだろ?」
(オマエの言葉が、オマエの存在が…オレにとって一番の源だから)
今だけは○○を抱きしめたまま、明日のために羽を休めたい…
○○はしっかりと頷いて、オレに安らぎを与えてくれたのだった…ー。
おわり。