私は恐る恐る小屋の中に足を踏み入れた。
〇〇「ヘラクレス?」
ヘラクレス「うう……うぁあぁ!」
〇〇「っ……!」
奥から聞こえた咆哮に、肌がびりびりと震える。
〇〇「ヘラクレス……!」
ヘラクレス「!」
彼の名前を呼ぶと、息を呑む声が聞こえた。
ゆっくりと奥へ進むと、金色の鋭い瞳が私を捉えた。
ヘラクレス「……どうして来たの?」
低く吐き出すような声…―。
明らかな拒絶に、心がくじけそうになる。
ヘラクレス「来ない方がいい。 今のオレじゃ……キミを壊してしまうかもしれない。 帰り道はきっと変な化け物も襲ってこないから……帰りなよ」
彼は私から逃げるように後ろを向いた。
〇〇「なら、ヘラクレスも一緒に帰ろう?」
ヘラクレス「……オレはここに残るよ」
〇〇「え……?」
ヘラクレス「もともと、ここに来るつもりだった。 ここはオレの母さんが、住んでいた場所なんだ。 小さい頃にオレから引き離されて、母さんはここに追いやられた。 全部、あの女のせいで……!」
苦しそうに吐き捨てると、彼は顔を手で覆った。
(あの女って、ヘラ様……?)
――――――――――
男「いかにも、これはヘラ様から賜った物。あなたを消せと命を受けた時に」
〇〇「母上……?ヘラクレスを……消す?」
ヘラクレス「父上の新しい妃で、オレのもう一人の母……かな?」
――――――――――
(会ったことはないけれど……)
(継母……ヘラ様の存在が、こんなにヘラクレスを傷つけていたなんて……)
ヘラクレス「この国の邪魔者にはぴったりな場所でしょ?」
〇〇「そんな言い方……」
(自分を邪魔者だなんて、悲しい……)
大きな背中なのに、とても心細そうに見える。
ヘラクレスに近づくと、私は彼を後ろから抱きしめた。
ヘラクレス「!」
〇〇「ヘラクレスが残るなら、私も残る」
腕の中で、彼が体を強張らせた。
ヘラクレス「……キミは、バカなの?」
笑いを含んだ彼の声が、静かな部屋の中に響く。
ヘラクレス「さっきの見ただろ? オレは……人なんか簡単に壊せるんだよ。 〇〇ちゃんだって」
彼は肩越しに、私に冷たい視線を向ける。
〇〇「そんな言い方をしても、駄目だよ……。 だって、ヘラクレスが優しいって、私は知ってるから……私はヘラクレスが好きだから、離れたくない」
ヘラクレス「〇〇ちゃん……」
〇〇「……離れたくないよ」
彼は驚きに目を見開いた。
そして…―。
〇〇「っ……!」
力強い腕が、強引に私を引き寄せる。
そして、大きな手が私の顎を捕え、彼の唇が私の口を塞いだ。
〇〇「ん……っ」
呼吸もままならないまま、彼が唇の角度を変える。
押さえつける手の力強さに、私は彼の服にしがみつくことしかできなかった。
ヘラクレス「こんなオレが好きなんて……」
荒い呼吸を繰り返す私に、彼が苦悩の表情を浮かべた。
ヘラクレス「本当に、キミを捻り潰すかもしれないよ? 抑えられないんだ……この力を……」
〇〇「っ……」
抱きしめる腕の強さに、体が痛みを訴える。
ヘラクレス「キミが……すごく大切なのに……」
(苦しそうな声……)
〇〇「ヘラクレス……」
私は、彼の背中に腕を回した。
震える背中を優しく撫でる。
〇〇「それでも私は、傍にいたい……大丈夫だよ。きっと……ヘラクレスなら」
ヘラクレスの大きな手が、私の頬を掴み引き上げる。
狂気を含んだ瞳が、私を見つめて細められた。
ヘラクレス「なら、壊さない程度に、愛してあげるよ」
視界が回転する。
気がつくと、私は床に押し倒されていた。
〇〇「っ……!」
私の腕を床に縫いとめて、ヘラクレスが笑う。
ヘラクレス「オレの腕の中で、ずっと……」
金色の瞳が、暗い色を含んで輝く。
(ヘラクレス……)
熱いキスを受けながら、彼の体温を感じる。
燃えるような朝日が、室内を染め上げていった…―。
おわり。