花びらが風に乗って空へと舞い上がる。
(母さんはこの景色をいつも見ていたのかな……)
寂しいような、悔しいような、言い表せない気持ちが溢れて……
オレは母さんの墓をただ見つめていた。
ヘラクレス「……」
繫いだ彼女の手が温かい…―。
(こういう時、誰かが傍にいると……なんていうか、落ち着く)
〇〇ちゃんはオレの話を静かに聞いてくれた。
そしてオレに優しく微笑んでくれる。
〇〇「だから、ヘラクレスも優しいんだね」
ヘラクレス「え?」
〇〇「ヘラクレスの優しさはきっとお母さん譲りだよ。 そうに決まってる」
そう言うと、彼女は母さんの墓へと視線を移す。
(そんなこと……言われると思わなかった)
(オレの優しさ……)
(子どもの頃しか一緒にいられなかったけど)
(オレにも母さんに似ているところがある?)
オレの中に母さんとの思い出がちゃんと残っているような気がして…―。
胸が温かさで満たされていくような気がした。
ヘラクレス「……オレ、〇〇ちゃんと一緒に来れて本当によかった。 ここに来れたのも、〇〇ちゃんのおかげだし」
〇〇「私は何も……」
(何か特別なことをしてくれたわけじゃない)
(でも、ただ傍にいてくれた)
(それがオレにとってどんなに心強かったか)
ヘラクレス「あのままだったら、オレ、あの人を殺しちゃうところだった。 ずっと怖かったんだ……力が暴走したらどうなるんだって……」
(今でもあの時の手の感触は残っている)
――――――――――
〇〇「ヘラクレス、その人を離して」
ヘラクレス「……」
〇〇「お願い、ヘラクレス」
――――――――――
(〇〇ちゃんが止めてくれなかったら、オレはあのまま)
(アイツの首をひねりつぶしているところだった……)
(もし、また同じことが起きたら……)
考えるだけで手が震える。
その時…―。
〇〇「その時は、私がヘラクレスを止めるよ!」
彼女の声が、オレの不安を掻き消した。
ヘラクレス「〇〇ちゃん……」
(オレを止めてくれる?)
(目が熱くなって、涙が出そう……)
(そっか、止めてくれるんだ……)
(……あれ?)
(でも、怪力のオレを……〇〇ちゃんが?)
ヘラクレス「えっと……どうやって?」
〇〇「どう……やって?」
〇〇ちゃんは、思わぬ質問を受けてまばたきを繰り返す。
〇〇「それは、その……!」
彼女の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
必死に考えるように、彼女は視線を彷徨わせた。
(ああ! オレのバカ~!)
(そんなの力の問題ってことじゃないよきっと!)
(せっかく言ってくれたのに、何で聞き返しちゃったんだろ)
(つい気が緩んで、バカなこと言っちゃったよ~)
〇〇「ど、どうやってかはわからないけど、でも頑張って止めるから。 ネメァもいるし!」
(ネメァ?)
ネメァ「ミィ~」
ネメァが〇〇ちゃんに応えるように、オレの肩の上で鳴いた。
ヘラクレス「……」
(ネメァもいるって……)
オレは思わず笑ってしまった。
彼女の顔がさらに赤く染まっていく。
(こんなこと言ってくれる人がいるなんて……)
目に涙が浮かぶ…―。
(笑ったせいだって思ってくれたらいいな……)
(嬉しくて泣いちゃったなんて、絶対に言えないよ)
ヘラクレス「ごっめん……でも、ありがとう」
オレは溢れてきた涙をぬぐって、彼女を見つめた。
ヘラクレス「そっか……オレには止めてくれる人がいるんだ」
オレは彼女を抱き上げた。
〇〇「っ……!」
〇〇ちゃんは驚いたように、腕の中で体を動かした。
〇〇「え? あの……」
(また顔が赤くなった……)
(かわいいな……)
ヘラクレス「ありがとう、〇〇ちゃん。 オレ、キミがいれば寂しくないよ」
(〇〇ちゃんと一緒にいると、オレはよく笑えるんだ)
(不安な気持ちも消えて、楽しい気持ちに変わっていく)
〇〇「ヘラクレス……」
ヘラクレス「だからこのまま……。 このまま、ずっとキミに傍にいて欲しい……」
〇〇ちゃんの瞳が揺れる。
(不安はある……)
(こんな願いをして、彼女が受け入れてくれるのか……)
〇〇「私も一緒にいたい……。 ずっと……」
ヘラクレス「〇〇ちゃん……」
彼女の頬を撫でて、顔を寄せる。
ヘラクレス「好きだよ……」
〇〇「私も……」
ヘラクレス「また一緒にここに来てくれる? 今度はたぶん……怖いことは起こらないから。 たぶんだけど」
(言い切れないのが、残念だけど……)
(でも、絶対に〇〇ちゃんは守る)
(今度こそは、絶対の絶対の絶対に!)
オレは心の中で誓う。
〇〇「もちろん」
〇〇ちゃんは笑顔で頷いた。
(今度来る時は、〇〇ちゃんをもっと別の形で紹介したい)
(オレの一番大切な人として……)
オレは彼女にキスをする。
風が花びらをまとって、オレ達を包むように吹き抜けていった…―。
おわり。