暗闇から出てきて、男はヘラクレスを見てニヤリと笑った。
男「ヘラクレス王子、やはりご無事でしたか」
ヘラクレス「その腰帯……母上の物だね」
ヘラクレスは男の腰に巻いた帯を見つめつぶやいた。
男「いかにも、これはヘラ様から賜った物。 あなたを消せと命を受けた時に」
〇〇「母上……? ヘラクレスを……消す?」
ヘラクレス「父上の新しい妃で、オレのもう一人の母……かな?」
ヘラクレス「それで? 命を受けたってことは、今までオレにいろんなのを差し向けたのは、キミ?」
男「ええ、あれぐらいでやられるとは思ってはいませんでしたが……」
〇〇「!」
(じゃあ……ずっとヘラクレスの命を狙っていたのは……)
私は、彼が命を狙われるたびに悲しそうに笑っていたことを思い出した。
〇〇「ひどい……」
ヘラクレス「本当だね……でも、それくらいオレのことが憎いんだろうね」
彼はまるで他人事のように笑った。
ヘラクレス「母上が怖がってるオレの馬鹿力……見せつけてやりたいところなんだけどさ。 今はオレ、できれば戦いたくないんだ。 だから帰って欲しいな~」
男「聞くわけがないでしょう」
ヘラクレス「……やっぱり。 けど、彼女は関係ないよね?」
男「一緒にいた以上、このことを言いふらされては困りますから」
ヘラクレス「……」
男が腕を高く空へ伸ばす。
森に隠れていた鳥達が空にいっせいに飛び立ち、旋回し始めた。
ヘラクレス「〇〇ちゃん、オレの傍を離れないで!」
彼が私を腕に抱き寄せる。
男が腕を振り下ろす合図に、奇怪な鳥達がいっせいに私達へと襲いかかった。
ヘラクレス「絶対にキミは守るから!」
片腕に私をしっかりと抱き寄せ、彼が鳥をなぎ払っていく。
けれど…―。
男「さすがのヘラクレス王子でも、この数を相手には難しそうだ」
ヘラクレス「!」
私をかばい続けながら戦うのは難しく、彼の腕から引き剥がされてしまった。
〇〇「っ……!」
ヘラクレス「〇〇ちゃん!」
倒れた私の前に、男が立ちはだかった。
男「こんな王子といたあなたが悪い。 まずはあなたから」
ヘラクレス「やめろ……!」
男「死ね……!」
〇〇「っ……!」
ヘラクレス「やめろ!!!」
彼の叫び声と共に、爆風が男を私の前から吹き飛ばした。
男「何っ!?」
腕で顔をかばい、風の向こうに視線を走らせる。
鳥の羽が舞い乱れる中、ヘラクレスがゆらりと立ち上がった。
〇〇「……ヘラクレス?」
風にあおられた鳥達が、力を失い次々に地面に落ちていく。
ヘラクレス「ウァァアア!」
彼が無造作に腕を振り上げると、辺りの木が音を立てて崩れ落ちた。
男「なっ……なんだこの力は……!」
男が、怯えるように後ずさる。
その距離を詰めるように、ヘラクレスがゆっくりと男に近づいていく。
ヘラクレス「彼女に……手を出すな……!」
男「ヒッ……」
荒い呼吸を吐きだし、ヘラクレスが男を見据える。
そして、男の首を片腕で掴み上げた。
〇〇「ヘラクレス!」
私の叫び声が、森の中に響きわたった…―。