ヒュドラを倒し、ヘラクレスは私を片腕に抱いたまま山道を登っていく。
川沿いを進み、ようやく深い木々の茂みから抜け出た。
ヘラクレス「ここまで来れば大丈夫かな」
立ち止まると、彼はほっと息を吐いた。
彼の腕の上で、私は小さく身じろぎをする。
〇〇「っ……ヘラクレス……」
ヘラクレス「え……? わああっ!ごめんね~!」
担いでいたことを今思い出したのか、慌てて私を降ろした。
ヘラクレス「びっくりした?大丈夫?」
彼が不安そうに私の顔を覗き込む。
優しい彼の表情に、私は胸を撫で下ろした。
〇〇「私は大丈夫だよ。ごめんね、ヘラクレスにばっかり歩かせちゃって」
ヘラクレス「気にしなくていいよ。 オレが勝手にやっちゃったんだし」
そう言って、彼は両手を振りかぶる。
その服の袖が、血で赤く染まっていることに気がついた。
〇〇「怪我してる……」
ヘラクレス「え? あれ?あ~木でやっちゃったかな? でも、こんなの全然平気! 丈夫だからすぐ治っちゃう」
私の視線から逃れるように、ヘラクレスが腕を振る。
私はその腕を掴んだ。
ヘラクレス「え……?」
〇〇「駄目だよ。ちゃんと手当てしないと」
ヘラクレス「怒られた……」
〇〇「だって、こんなの放っておけないよ。 いくら強くたって、怪我は痛いから……」
ヘラクレス「〇〇ちゃん……」
彼の服の袖をまくると、血のにじんだ傷口にハンカチをあてる。
(傷、浅そうでよかった……)
ホッと息を吐くと、そのままハンカチを彼の腕に巻いた。
ヘラクレス「オレね、こんなに誰かに怪我を心配されたの、久し振り。 ありがとう。〇〇ちゃん!」
目をうるうるさせて、ヘラクレスが両腕を広げた。
〇〇「!」
(抱きつかれる……?)
その続きを想像して、胸が音を立てた。
けれど…―。
(あれ……?)
彼は腕を広げたまま、考え込んでいるのか動かなくなってしまった。
〇〇「ヘラクレス?」
ヘラクレス「え~っと……あ! このまま川沿いを歩こっか」
〇〇「え?」
誤魔化すように笑うと、彼は山の先を指差す。
ヘラクレス「きっと夜には綺麗な星空が見られるよ」
(ヘラクレス、どうしたんだろう……?)
自分の鼓動が、まだ落ち着かずに音を立て続ける。
その音と共に、少しだけ離れた距離に小さく胸が痛んだ…―。