それから幾日か、私はヘラクレスと旅を続けた。
旅の間中、彼はいつも屈託なく笑ってくれたけど…―。
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ヘラクレス「……行こうか」
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あの時の寂しげな声が、私は忘れることができなかった…―。
街を抜け、妙な心細さを抱えたまま、山のふもとまでやって来た。
私達が進む獣道の横には大きな沼が広がり、その暗さが、不安な心をさらに掻き立てる。
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大猪『ヘラクレス……本当に忌まわしい……』
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あの呪詛のような大猪の声が頭に蘇る。
(あれは何だったんだろう……)
私は、前を歩くヘラクレスの背中を見つめた。
ヘラクレス「〇〇ちゃん、歩き辛くない?」
〇〇「大丈夫だよ」
ヘラクレス「よかった」
明るく声をかけながら、彼は私の歩く邪魔にならないように、枝や草をよけてくれる。
〇〇「ヘラクレス、あの……」
私が声をかけると、ヘラクレスの足が止まった。
振り向くと、彼は困ったように微笑む。
ヘラクレス「猪のこと?」
〇〇「あ…―」
ヘラクレス「やっぱり……気になるよね」
〇〇「うん……気になるよ」
ヘラクレス「そうだよね~……オレだってきっと気になると思うし。 だって猪がしゃべって消えるんだもんね~……」
冗談っぽく話すと、ヘラクレスは寂しそうに視線を落とした。
(どうしてそんな悲しい顔を……?)
ヘラクレス「……あれは、呪いなんだ。 ある人がオレを消したくて、たまにああいうのを差し向けてくる」
〇〇「そんな……」
ヘラクレス「もう、諦めたのかと思ってたんだけどさ~。 違ったみたい」
彼は微笑みを消して私を見つめた。
ヘラクレス「そんな状況なのに、〇〇ちゃんを誘うべきじゃなかったよね。 本当ごめん!」
(ヘラクレスが悪いわけじゃないよね……)
〇〇「そんなことないよ。私はヘラクレスと一緒に行きたい」
ヘラクレス「〇〇ちゃん……」
〇〇「誘ってくれてありがとう。ヘラクレスと一緒で楽しいよ」
ヘラクレス「オレもだよ!」
ヘラクレスの顔に、笑顔が戻っていく。
ヘラクレス「よし!じゃあオレが全力で守るから! 一緒に天の川見ようね!」
〇〇「うん」
見つめ合って、どこか照れくさくて二人で笑い出した。
けれど、それを打ち破るように、森の奥からシューシューという音が聞こえ始める。
(何……?)
(何かの息のような音……?)
その音と共に、地面を這いずるような音がこちらへ近づいてくる。
ヘラクレス「〇〇ちゃん!」
〇〇「っ……!」
私の腕を引くと、ヘラクレスは片腕に私を抱き上げた。
〇〇「ヘラクレス!?」
腕の中で彼を見上げる。
顔を険しくさせ、彼はさっきまで私のいた場所を睨んだ。
(いったい、何が……)
彼の視線をたどると…―。
〇〇「っ……!」
木々の間を縫うように、いくつもの頭を持つ巨大な蛇が現れた。
私達を見据えて、蛇はゆっくりと鎌首をもたげる。
ヘラクレス「ヒュドラか……」
ヘラクレスが私の顔を自分の胸に押し当てた。
耳元で彼がそっと囁く。
ヘラクレス「口を閉じて……あれには毒があるから、奴の息を吸い込んだら危ない」
私は彼の腕の中で小さく頷く。
視界の端で、ヒュドラが体を大きくうねらせた。
(怖い……)
ヘラクレス「戦いたくはないけど、向かってくるなら仕方ないね。 怪力王子ヘラクレス、参上! 以下略!」
ヒュドラ「シャァァアア!」
〇〇「っ……!」
耳を割くような奇声を上げ、ヒュドラが私達へ向かってくる。
ヘラクレス「させないよ」
彼は片腕で大蛇の首を掴むと、勢いよく振りまわす。
そして一塊になったヒュドラを木へ投げつけた。
(片腕でやっつけちゃった……)
彼の力の強さに、思わず目を見開く。
木からずり落ちながら、ヒュドラが、大猪と同じように煙になり消えていく。
(これも呪い……?)
ヘラクレス「〇〇ちゃん、このまま逃げるよ」
その煙が消えるのも確かめず、ヘラクレスは歩き始めた。
(ヘラクレス……)
腕の中で、彼を取り巻く寂しさが伝わってくるような気がした…―。