森を抜け、街に向かう道中…―。
ヘラクレス「突然誘っちゃってごめんね~……」
ヘラクレス王子はそう言って、恥ずかしそうに笑った。
ヘラクレス「いやほら、せっかく助けてもらったしさ……お礼もしたいし。 それに!このまま〇〇ちゃんを置いていくなんてできないし!」
まるで大問題に悩むかのように、彼が頭を抱える。
〇〇「あの……」
ヘラクレス「!」
私の声が耳に届いたのか、ヘラクレス王子がハッと私の方へ向き直った。
(どうしたんだろう……?)
ヘラクレス「突然だから迷惑だった? 迷惑だったら全然気にしなくていいからね?」
今にも泣きそうなほど顔を歪ませて、彼が私を見つめる。
(なんか、ヘラクレス王子ってかわいいかも……)
つい笑いそうになって、頬を引きしめた。
〇〇「あの、ヘラクレス王子」
ヘラクレス「王子なんて他人行儀だよ~。ヘラクレスでいいよ」
〇〇「あ……うん。あのね?ヘラクレス。 私は迷惑じゃないよ?」
ヘラクレス「本当に?それなら嬉しいよ~!」
〇〇「ただ、どこまで行くのかなと思って」
ヘラクレス「そっか!教えてなかったよね」
彼は、街の先に見える山脈を指差した。
真ん中で割れたような二つの峰……
ヘラクレス「あの山の向こうに、天の川っていう星の輝く川があるんだけど……」
(天の川って、夜空の……?)
ヘラクレス「そこに、会いたい人がいるんだ」
〇〇「会いたい人?」
ヘラクレス「オレの母さん」
(ヘラクレスのお母さんが、天の川に?)
山を眺める彼の表情が、少し悲しげに見えた。
その時…―。
??「グオォォォォォ!!」
ヘラクレス「!」
地響きのような低い雄叫びが響き渡り、辺りに悲鳴がこだまする。
〇〇「何……!?」
通りの向こうから、子ども達が私達の方へ逃げてくる。
その向こうに、人の大きさほどもありそうな猪がこちらへ向かって突進してくる。
ヘラクレス「皆、オレの後ろに!」
ヘラクレスが私達の前に立ちはだかる。
そして彼は腕を振り上げ、大猪を指差した。
ヘラクレス「怪力王子ヘラクレス、参上!オレの侠気パワー、受けてみろぉ!」
大猪「グォォォオオオオ!!!」
突進してくる大猪を、ヘラクレスが正面で受け止める。
ヘラクレス「! ……っと、痛かったらごめんね?」
彼は猪を両腕で持ち上げると、一気に地面へ叩き落とした。
〇〇「!」
石畳に叩きつけられ、大猪が大きな音を立てて倒れる。
(すごい力……)
ヘラクレス「ちょっとやり過ぎた……かな?」
ヘラクレスの申し訳なさそうな声が聞こえる。
街の子ども「すごいすごい!ヘラクレス王子!」
いつの間にか集まっていた人々の中で、子ども達が拍手を始める。
それに大人が続き、やがて大きな歓声が辺りに響き渡った。
ヘラクレス「そんな、皆大げさだよー」
〇〇「ううん、そんなことないよ。すごかったよ!」
ヘラクレス「ありがとう〇〇ちゃん」
少し頬を赤く染めて、ヘラクレスは笑う。
けれどその時…―。
大猪『ヘラクレス……本当に忌まわしい……』
(え……?)
倒れている大猪のいる方向から、怒りを含んだ重い声が聞こえた。
(今の声、もしかしてこの猪?まさか……)
驚く私達の前で、大猪が煙となって消えていく。
〇〇「消えた……?」
思わずヘラクレスを見上げる。
彼は瞳に哀しみを浮かべ、大猪が消えた場所をいつまでも見つめていた。
(ヘラクレス……?)
ヘラクレス「……行こうか」
ぽつりと私に言うと、彼はその場所に背を向けた。
その背中が、心細そうに見えて少し胸が苦しくなった…―。