成り行き上、イリアさんはサッカーの試合に参加することになってしまい…-。
(イリアさんのジャージ姿……意外だけど)
(似合ってる……)
ジャージ姿になったイリアさんが、コートへ現れる。
その姿に新鮮な驚きを抱きつつも、私は観客席からイリアさんを見守った。
ケイ「ボールを渡すときは、アイコンタクトを送ります」
イリア「はいっ」
チームメイト1「主に、ディフェンダーとして動いていただきたいのですが……」
イリア「? はい……守備をする人のことですね?」
イリアさんはチームメイトの方々から作戦などを聞いているみたいだけど……
(大丈夫かな……? 怪我しないといいけど……)
信じているつもりでも、どうしても普段のイリアさんを思い出すと不安が胸にこみ上げてくる。
イリアさんは眉を寄せて、時折首を傾げたりしている。
イリア「……」
けれどその表情は、今までに見たことがないくらい真剣で…-。
(イリアさん、頑張って……!)
私は心の中で、彼に精いっぱいの声援を送った。
そして、ついにキックオフの時間――。
イリア「……」
イリアさんの緊張は、私にまで伝わってくるものだった。
その時…-。
イリア「……あっ」
イリアさんの所に、ボールが回ってきた。
ケイ「イリアさん、走ってください!」
イリア「は、はいっ……!」
イリアさんは必死にボールを蹴りながら走り出したけれど……
ケイ「イリアさん、違います! そっちは、相手側のゴールです……っ!」
イリア「えっ!?」
その瞬間、相手チームにボールを取られてしまう。
(ああっ……!)
相手チームは難なくイリアさんをかわし、そのボールをゴールへとシュートしてしまった。
ケイ「イリアさん、ドンマイ!」
ケイさんや他のチームメイトの人達が、イリアさんを励ます。
イリア「……すみません」
それを受けて、イリアさんは肩を落としてうつむいてしまった。
〇〇「イリアさん……頑張ってください!」
私は思わず、大きな声で声援を送ってしまう。
イリア「〇〇様……」
イリアさんは私の方を見ると、何かをつぶやいた。
(遠くて聞こえないけど……)
その口元からは、「ありがとう」と読み取ることができた。
…
……
そして、試合はあっという間に終盤を迎えた。
イリアさんのチームと、相手チームは同点状態…-。
終盤になっても、イリアさんは相変わらず必死に走り続けている。
イリア「……はぁ」
けれど慣れない運動に、イリアさんの息はすっかり上がってしまっていた。
イリア「……っ」
ボールが転がり、イリアさんがまた駆け出す。
(イリアさん……)
突然巻き込まれた不慣れな試合でも、彼は一秒でも手を抜いたりしようとはしなかった。
〇〇「イリアさん……頑張って!」
力いっぱい、もう何度目かの声援を送った、その時…-。
〇〇「あっ……」
イリアさんの頭上に、敵チームが蹴ったボールが飛んでくる。
ケイ「イリアさん!!」
イリア「えっ……」
そのボールは、勢いを落とすことなくイリアさんの頭に落下する。
イリア「……!」
(イリアさん……!)
イリアさんは勢いよくそのボールに頭をぶつけ、そして……
彼の頭上で跳ねたボールが、そのままゴールへと飛んでいく。
(あっ……)
油断したキーパーの脇をすり抜け、ボールはネットを揺らした。
(……入った?)
イリア「……私は……」
ケイ「イリアさん、すごい! ヘディングシュートだ!」
その時、試合終了の笛が鳴った…-。
イリアさんのチームは、最後のゴールで勝利を射止めることができた。
イリア「えっ……私がゴールを!?」
ケイさん達は、イリアさんの背中を勢いよく叩く。
イリア「……わっ!」
チームメイト達「やったー、勝ったぞー!」
あっという間に他の選手達もやって来て、イリアさんをもみくちゃにする。
(イリアさん……良かった、すごく楽しそう)
戸惑いながらも嬉しそうな、泥だらけの笑顔を見て……私の心が温かくなった…-。
…
……
その後…-。
試合を終えたイリアさんと、私は教室に戻ってひと休みしていた。
〇〇「イリアさん、おめでとうございます」
イリア「運がよかっただけですが……皆さんの役に、少しでも立ててよかったです」
〇〇「イリアさんが頑張ったからですよ。 本当にすごいです、初めてだったのに、あんな……」
心からの賛辞を送ると、イリアさんが気恥ずかしそうに私から視線をそらした。
イリア「あの……」
〇〇「? はい」
そらされた視線が、静かにまた私を捉え……
イリア「あの……〇〇様。応援してくださり、ありがとうございました」
イリアさんの瞳が、ゆっくりと私に近づいてくる。
イリア「あの応援……〇〇様の声援のお陰で、私は頑張れました」
〇〇「そんな……大袈裟です」
イリア「〇〇様の応援は、どんな魔術よりも不思議な力があります」
澄んだ瞳に、とても近い距離で……イリアさんは私を見つめてくる。
私はその瞳に、思わず吸い込まれてしまいそうになってしまう。
イリア「〇〇様……」
吐息がかかるほど、イリアさんの顔が近づいた瞬間…-。
ケイ「イリアさん! 打ち上げしましょう!」
ケイさんが勢いよく教室の扉を開け、私達は慌てて離れる。
ケイ「あっ……。……すみません、お邪魔しました!」
イリア「あっ……これは、そのっ」
〇〇「あの、ケイさん……!」
ケイさんは顔を手で覆いながら、教室から立ち去って行った。
〇〇「ちょっと待ってください、ケイさん…-!」
私は慌てて、ケイさんの後を追いかけようとする。
イリア「待ってください、〇〇様」
〇〇「えっ……」
イリアさんに手を引かれ、振り返ると……
ふわりと、彼の唇が私の唇に触れた。
〇〇「……っ」
(……熱い……)
少し熱をはらんだ、イリアさんの唇が離れていく。
イリア「……すみません。胸が高鳴って、抑えられなくて……」
〇〇「……イリアさん」
イリア「それにしても……こんなにドキドキしたのは、初めてです」
それは文化祭についてのことなのか、それともさっきのキスのことなのか……
〇〇「文化祭……楽しかったですね」
そのことがわからないまま、私も彼に笑い返す。
教室の窓から差し込む橙色の夕陽が、優しく私達を包み込む。
この特別な時間が終わらなければいいのにと、私はほんの少しの切なさを感じていた…-。
おわり。