サイさんの元に、かわいらしいメイド服が届いた翌日…―。
(サイさん、大丈夫かな……)
ついに文化祭当日を迎えた校舎の中を歩きながら、昨日の彼の様子を思い返す。
(まさか、メイド服が届くなんて……)
準備は万全だったはずなのに、最後の最後で大きなハプニングが起きてしまい、サイさんの顔は気の毒なぐらいに青ざめていた。
(ちょっと、様子を見に行ってみよう)
私は足早にサイさんの教室へと向かう。
すると…―。
○○「……!」
教室の前には、たくさんの行列ができていて、中から出てきたお客さんと思しき人達は、満足げな表情を浮かべていた。
(すごい……執事喫茶、大盛況みたい)
私は、安堵のため息をつきながら胸を撫で下ろす。
けれど……
○○「え?」
行列が動いた瞬間、今まで人々の影に隠れていた看板が視界に入る。
そこに書いてあったのは……
○○「……メイド喫茶!?」
私は慌てて教室のドアに駆け寄った。
そうして、店の中を覗くと…―。
(嘘……)
女子も男子も皆、メイド服を着て接客している。
(もしかして、サイさんも……!?)
私は、サイさんの姿を探す。
すると、教室の端の方に、一人だけ制服のままの学生を見つけた。
(サイさん……!)
サイさんは手にメイド服を持ちながら、困惑顔をしている。
サイ「……○○」
私に気付くと、サイさんは助けを求めるように駆け寄ってきた。
サイさんはメイド服をぎゅっと握りしめながら、ずっとそわそわしている。
サイ「クラスの皆が、いっそのことメイド服で接客しようって言いだして、反対できなくなって……でも僕は、どうしてもメイド服を着るのに抵抗があるんだ……」
○○「それはそうですよね。でも……私、サイさんは似合いそうな気がします」
サイ「えっ!?何を言いだすんだよ、○○!」
○○「ご、ごめんなさい。いきなり変なことを言って……だけどサイさん、整った顔立ちだし、肌も綺麗だし、純粋に、似合いそうだなと思ってしまって」
サイ「本当……?」
サイさんは恐る恐るといった様子で、自分の体にメイド服を当てる。
けれど……
サイ「ああっ……やっぱりだめだ!恥ずかしいよ」
(そうだよね……似合うとは思うけど、サイさんは男の人なんだし)
サイ「……」
○○「サイさん?」
見ると、彼の顔は先ほどよりも赤く染まっていた。
サイ「……ど……」
○○「え?」
小さすぎる声を聞きとれなくて、私は彼に顔を近づけた。
サイ「○○のメイド服姿なら見たいけど……」
○○「……!!」
サイさんは、なおも頬を赤らめながら私のことをじっと見つめる。
サイ「見てみたい、かな……」
○○「サ、サイさん……何を」
その時、サイさんのクラスメイトが彼を呼びにきた。
男子学生1「サイ君、ちょっと忙しくなってきたみたいだ」
サイ「ごめん、今行くよ」
女子学生1「このままだと人手が足りなくなりそうで……あっ……!」
クラスメイト達は顔を見合わせた後、私に視線を向ける。
男子学生1「ねえ、君!もしよかったら店を手伝ってくれないかな?」
女子学生1「そうだね、ちょうどメイド服があるし!」
○○「えっ……!」
(私がメイド服を着て、接客を……!?)
たっぷりのレースが付いたメイド服を着る自分を、想像するだけで恥ずかしくなってしまう。
そんな私を見て、サイさんは首を振った。
サイ「駄目だよ。○○が困ってる」
男子学生1「でもなぁ……手伝ってくれると助かるんだけど」
見ると、店は先ほどよりも混んでいて、皆が慌ただしく動き回っている。
女子学生2「あっ……!申し訳ありません!!」
男子学生2「デザート、まだできてないかな?」
忙しさから、所々でミスも生じてしまっていた。
(メイド服を着るのは恥ずかしいけど……お店、すごく忙しそうだし)
○○「あの……私、手伝います」
サイ「○○……」
男子学生1「本当かい?助かるよ、ありがとう!」
サイ「無理してない?大丈夫?」
○○「大丈夫です、お役に立てるように頑張りますね」
私は、心配そうに顔を覗き込んでくるサイさんにそう言った後、メイド服を受け取って更衣室へと向かったのだった…―。
……
メイド服に着替えて接客を始めてから、しばらくの後…―。
○○「おかえりなさいませ、ご主人様」
(やっぱりこれ、かなり恥ずかしいかも……)
恥じらいを必死に隠しながら、お客さんをテーブルに案内する。
そうして、手が足りていないところがないか教室を見渡した、その時…―。
サイ「メイド服、すごく似合ってる。可愛い」
○○「……!」
突然耳元で囁かれた甘い言葉と、寄せられた体から感じる体温に、心臓が大きく跳ねてしまう。
○○「サイ、さん……」
胸に手を当てながら、高鳴る鼓動を落ち着かせる。
けれど……
サイ「後で」
○○「え……?」
サイ「後で、抜け出そう……二人で」
○○「……!」
いつもより少しだけ低くて、囁くような彼の声に、落ち着き始めていた鼓動は再び高鳴ってしまう。
そうして、わずかな間の後……
サイ「駄目?」
○○「……っ」
体を走る甘い痺れに小さく体を震わせた後、私はサイさんの方へと振り返る。
そこには、普段は見せないような悪戯っぽい微笑みを浮かべる彼の顔があって……
○○「……駄目、じゃないです」
いつもとは違うサイさんの笑顔に魅了された私は、彼だけに聞こえるような大きさでつぶやく。
すると次の瞬間、サイさんの悪戯っぽい笑みは満面の笑みへと変わったのだった…―。
おわり。