執事喫茶は、たくさんの人で賑わっていて……
私はサイさんの邪魔にならないように、そっとその場を立ち去ろうとした。
その時…-。
女の子1「あっ、あの人がこっちに来るよ」
女の子2「わ~! やっぱり、かっこいい!」
(えっ……)
サイ「○○!」
名前を呼ばれて振り返ると、サイさんが息を切らして立っていた。
サイ「○○、来てくれたんだね」
○○「あ……はい……」
視界の端で、女の子達がコソコソと噂話をしているのが見える。
(あの子達、サイさんのことかっこいいって言ってたし……ちょっと気まずいな……)
○○「混んでいるみたいなので、また後で来ますね」
そう言って立ち去ろうとした時、サイさんが私の手首を強く握った。
サイ「君には特別な席を用意しているんだ」
○○「えっ……」
サイ「こっち」
サイさんは短くそう言うと、私の手を引いて歩き始める。
(特別な席って……!?)
サイさんが連れてきてくれたのは、喫茶店の一部をカーテンで仕切った場所で、予備の椅子やテーブルがいくつか並べられていた。
サイ「おかえりなさいませ、お嬢様」
サイさんは私に恭しく頭を下げる。
サイ「お嬢様に楽しい時間を過ごしていただけると幸いです」
笑顔を向けた後、サイさんは鮮やかな手つきで紅茶を淹れ、デザートを用意してくれた。
サイ「オレンジピールのワッフルです。こちらの紅茶に合う甘さになっております」
焼き立てのワッフルから、オレンジの香りが広がる。
○○「いい匂い……サイさん、いただきます」
ワッフルを一口食べた後、紅茶を飲む。
(美味しい……)
○○「紅茶とよく合って、とても美味しいです」
サイ「ありがとうございます。すべて、お嬢様のご提案のおかげです」
サイさんに笑顔を向けられ、胸の奥がトクンと高鳴る。
けれど……
(お店、混んでいたのに大丈夫かな?)
脳裏に、ふとそんな思いが過る。
○○「サイさん、お店は大丈夫なんですか?」
サイさんはカーテンの向こう側の店の様子をちらりと確認する。
サイ「先ほどより落ち着いているから大丈夫でしょう。それに……。 今は、僕は君だけの執事だ」
○○「サイさん……」
サイ「お嬢様の仰せの通りに」
サイさんに見つめられ、私の胸の鼓動はますます速くなっていく。
それを悟られないように、ワッフルを食べることに集中した。
サイ「……! お嬢様、失礼いたします」
○○「?」
次の瞬間、サイさんの顔が近づいた。
○○「!」
サイさんが私の唇に、そっとキスを落とす。
サイ「唇に……クリームが付いておりましたよ」
○○「あっ……」
頬がじんと熱くなっていくのがわかる。
サイ「でも……よく考えたら、執事ってこういうことしちゃいけないのかな」
クスリと、サイさんが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
サイ「駄目だな、○○の前では……」
サイさんは熱くなった頬を、優しく撫でた。
サイ「執事になりきるのは難しいな」
騒がしい店内の隅にある秘密の特等席で、彼の青い瞳に見つめられる。
(なんて綺麗なんだろう……)
サイさんの瞳を見つめ返した瞬間、周囲の喧騒が遠ざかり、
まるでこの世界に二人しかいないような感覚を覚える。
サイ「まったく、執事失格だな」
こぼれた笑顔に、私の胸はトクンと高鳴った。
私の頬を撫でる彼の手に、そっと手を重ねる。
サイ「○○……」
彼の顔が近づいたと思うと、再び私の唇に、優しいキスがそっと落とされた…-。
おわり。