猛特訓の結果、サイさんは紅茶を格好よく淹れられるようになった。
けれど…-。
サイ「うーん」
サイさんは顎に手を当てて、思案顔をしている。
(他にも心配事があるのかな?)
○○「サイさん、どうしたんですか?」
サイ「食べ物のメニューは、何がいいかなって考えていたんだけど。 カルパッチョとかフォアグラのテリーヌとかはどうかな?」
(文化祭に、カルパッチョとフォアグラのテリーヌ……)
サイ「白身魚のムニエルとか、ブイヤベースとかも必要かな?」
(それも少し違うような……)
○○「えっと……」
純粋な瞳に見つめられ、私は思わず言葉を詰まらせてしまう。
サイ「あ、でも、僕達は城のシェフみたいに上手く作れないし、難しいか。 うーん。それじゃあ……。 ○○は何が食べたい?」
○○「そうですね……」
私はサイさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、しばらく考える。
(喫茶というくらいだし、あまり重い料理は違うよね)
○○「紅茶やコーヒーに合う、デザートとかはどうですか?」
サイ「そうか! 言われてみれば、レストランではなく、喫茶だもんね」
サイさんは、納得したように頷きながらポンと手を打つ。
サイ「○○のおかげで、文化祭が成功しそうだ。ありがとう!」
○○「……!」
両手をぎゅっと握られた瞬間、鼓動が跳ね上がる。
サイ「あっ、ごめん! つい……」
慌てて私の手を離す彼の顔は、ほんのりと赤く染まっていて、私の頬も、同じように熱を帯びてきた。
(び、びっくりした。でも……)
(サイさん、すごく喜んでくれているみたいだし、少しでも役に立ててよかった)
(私がサイさんを助けられることなんて、普段あまりないし……)
(今回みたいに頼ってもらえるのって、すごく嬉しいかも)
喜びを胸に、私は彼へと笑顔を向ける。
そうして、数日後…-。
文化祭前日を迎え、学生達は忙しく学園内を走り回っていた。
(サイさん、文化祭の準備は順調かな?)
教室を覗いてみると、サイさんがクラスメイト達にテキパキと指示を出している。
男子学生1「サイ君、この椅子はどこに置けばいいかな?」
サイ「これは、入り口に近い方がいいかな」
女子学生1「ねえ、お砂糖とミルクポットはこんな感じに並べればいい?」
サイ「うん、大丈夫だよ」
(よかった、順調みたい)
サイ「あっ、○○」
サイさんは私に気が付くと、手招きをする。
そうして私が、窓際のテーブルにやってくると……
サイ「お嬢様、こちらへどうぞ」
そう言いながら、サイさんは恭しく椅子を引いてくれる。
その仕草はとても自然で、練習前とは別人のようだった。
○○「サイさん、ありがとうございます」
サイさんは笑顔で頷くと、その場でコーヒーを注ぎだす。
サイ「実は、君を驚かせたくて密かに特訓していたことがあるんだ」
(えっ……)
カップに注がれたコーヒーに、サイさんが優雅に絵を描いていく。
(うわぁ……)
○○「サイさん、すごいですね!」
コーヒーに浮かんだハートに、私は思わず見とれてしまう。
サイ「喜んでくれたみたいでよかった」
サイさんは照れたように微笑む。
(きっと沢山練習したんだろうな……)
その姿を想像するだけで、胸の奥が温かくなる。
男子学生2「サイ君、ちょっといいかな?」
女子学生2「ごめんね。私達だけじゃ、わからないことがあって……」
サイ「ああ、今行く。じゃあね、○○」
(何だか、もったいなくて飲めない)
サイさんの優しさを感じながら、私はコーヒーに浮かぶハートを、いつまでも眺めていた…-。