第3話 給仕の猛特訓

執事の真似事のようなことをしていたサイさんは、手に熱々の紅茶をかけてしまった。

サイ「ありがとう、○○」

○○「いえ、大事に至らなくてよかったです」

すぐに応急処置をしたこともあり、跡に残るようなやけどにはならなそうだった。

○○「だけど、一体どうしてこんなことを?」

サイ「ごめん……戸惑わせてしまったね。実は、文化祭の練習をしていたんだ」

(文化祭の練習……?)

○○「執事さんみたいなことをするんですか?」

サイ「そう。今、街では執事喫茶というものが流行ってるらしくて。 だから、僕達のクラスもそれをやることになって……僕が委員長に任命されてしまったんだ。 それなのに、僕がこんなんじゃ駄目だよね……。 城の給仕達に色々聞いたんだけど、なかなか上手く執事らしくできないんだ」

サイさんが、ふっと深いため息を吐いた。

(それでサイさん、悩んでたんだ……)

○○「どうすればいいですかね……」

サイ「○○まで困らせてごめん」

○○「いえ、そんな」

申し訳なさそうな顔をする彼の前で、考えを巡らせる。

(……そうだ)

○○「慣れるまで、お水を入れて練習をしてみたらどうですか?」

サイ「水で……そうか、そんなことにも気づかなかった。 焦ってたなあ……」

サイさんの表情が、一気に晴れる。

サイ「あとは、格好よく淹れられなきゃ意味がないよね」

サイさんはポットとカップを持って鏡の前に立ち、自分の姿を確認する。

サイ「自分の姿を確認しながら淹れるのは難しいな……」

(あっ……!)

サイ「うわっ……!」

カップはサイさんの手から滑り落ち、音を立てて割れてしまった。

○○「大丈夫ですか、サイさん!」

サイ「○○は、危ないからこっち来ない方がいいよ」

割れたカップの破片を、サイさんは丁寧に拾い集めようとするけれど…-。

サイ「……っ」

サイさんの指にガラスが刺さり、血がにじんできてしまう。

○○「サイさん、傷口を洗いましょう!」

急いで洗面所に向かい、傷口を洗い流す。

サイ「迷惑かけてごめん。何せ初めてのことだから、色々不慣れで……」

(動揺しているサイさんって、めずらしい……)

サイ「あっ……あのさ、○○」

○○「はい」

サイ「えっと……その……」

サイさんは言葉を探しながらつぶやく。

サイ「もしよかったら、一緒に練習に付き合ってくれない……かな?」

サイさんの不安そうな瞳が、私を射抜いた。

○○「私で役に立てれば……」

サイ「そう言ってくれるだけで心強いよ」

サイさんは、ほっと大きく息を吐いた。

そうして、しばらくの後……。

紅茶を淹れるための練習を始めたサイさんは、先ほどのように、ポットを高らかに上げた。

(きっと、またこぼれてしまう……)

○○「……ちょっと待ってください!」

私は思わず、その手を止める。

サイ「えっ?」

サイさんが、きょとんとした顔をして私を見る。

○○「もう少し低い所から淹れた方が、上手にできる気が……します」

サイ「そうか……。 高いところから淹れた方が格好いいかなって思ったんだけど……。 ほら、背筋もピンと張ることができるし」

サイさんは目をキラキラさせて、私に説明をしてくれる。

(サイさん、なんだか楽しそう)

(確かに、上手にできたら格好いいかもしれない……)

サイ「練習したら上手くなる気がするんだ。 だからやっぱり、高いところからでもいいかな?」

その真剣な眼差しを見て、私は反対することができない。

○○「わかりました……頑張りましょう!」

サイさんは、高らかに紅茶を淹れるポーズを取る。

サイ「もう少し手を右に傾けた方がいいのかな?」

○○「はい……もう少し右のような気がします」

サイ「よし、淹れてみる」

けれど…-。

○○「……あっ」

水はカップをかすめて、こぼれてしまう。

サイ「でも、さっきよりは上手くいったね。 このまま○○と練習を続ければ、うまくできるようになる気がする」

サイさんの部屋の床は、水でびしょ濡れになっていたものの、彼は普段の印象とは少し違う、前向きな笑顔を見せたのだった…-。

それから数日後。

特訓につぐ特訓の結果、ついに……

サイ「お嬢様、紅茶はいかがでしょうか?」

私の目の前で、サイさんが高い位置から熱々の紅茶を注ぐ。

すると綺麗な弧を描いた紅茶は、こぼれることなくカップに入った。

○○「すごい! サイさん、大成功です!」

サイ「ありがとう。君が付き合ってくれたおかげだよ。 これで安心して、文化祭を迎えることができそうだ」

(よかった……)

サイさんの明るい笑顔を見て、心の奥がじわりと温かくなった…-。

 

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