執事の真似事のようなことをしていたサイさんは、手に熱々の紅茶をかけてしまった。
サイ「ありがとう、○○」
○○「いえ、大事に至らなくてよかったです」
すぐに応急処置をしたこともあり、跡に残るようなやけどにはならなそうだった。
○○「だけど、一体どうしてこんなことを?」
サイ「ごめん……戸惑わせてしまったね。実は、文化祭の練習をしていたんだ」
(文化祭の練習……?)
○○「執事さんみたいなことをするんですか?」
サイ「そう。今、街では執事喫茶というものが流行ってるらしくて。 だから、僕達のクラスもそれをやることになって……僕が委員長に任命されてしまったんだ。 それなのに、僕がこんなんじゃ駄目だよね……。 城の給仕達に色々聞いたんだけど、なかなか上手く執事らしくできないんだ」
サイさんが、ふっと深いため息を吐いた。
(それでサイさん、悩んでたんだ……)
○○「どうすればいいですかね……」
サイ「○○まで困らせてごめん」
○○「いえ、そんな」
申し訳なさそうな顔をする彼の前で、考えを巡らせる。
(……そうだ)
○○「慣れるまで、お水を入れて練習をしてみたらどうですか?」
サイ「水で……そうか、そんなことにも気づかなかった。 焦ってたなあ……」
サイさんの表情が、一気に晴れる。
サイ「あとは、格好よく淹れられなきゃ意味がないよね」
サイさんはポットとカップを持って鏡の前に立ち、自分の姿を確認する。
サイ「自分の姿を確認しながら淹れるのは難しいな……」
(あっ……!)
サイ「うわっ……!」
カップはサイさんの手から滑り落ち、音を立てて割れてしまった。
○○「大丈夫ですか、サイさん!」
サイ「○○は、危ないからこっち来ない方がいいよ」
割れたカップの破片を、サイさんは丁寧に拾い集めようとするけれど…-。
サイ「……っ」
サイさんの指にガラスが刺さり、血がにじんできてしまう。
○○「サイさん、傷口を洗いましょう!」
急いで洗面所に向かい、傷口を洗い流す。
サイ「迷惑かけてごめん。何せ初めてのことだから、色々不慣れで……」
(動揺しているサイさんって、めずらしい……)
サイ「あっ……あのさ、○○」
○○「はい」
サイ「えっと……その……」
サイさんは言葉を探しながらつぶやく。
サイ「もしよかったら、一緒に練習に付き合ってくれない……かな?」
サイさんの不安そうな瞳が、私を射抜いた。
○○「私で役に立てれば……」
サイ「そう言ってくれるだけで心強いよ」
サイさんは、ほっと大きく息を吐いた。
そうして、しばらくの後……。
紅茶を淹れるための練習を始めたサイさんは、先ほどのように、ポットを高らかに上げた。
(きっと、またこぼれてしまう……)
○○「……ちょっと待ってください!」
私は思わず、その手を止める。
サイ「えっ?」
サイさんが、きょとんとした顔をして私を見る。
○○「もう少し低い所から淹れた方が、上手にできる気が……します」
サイ「そうか……。 高いところから淹れた方が格好いいかなって思ったんだけど……。 ほら、背筋もピンと張ることができるし」
サイさんは目をキラキラさせて、私に説明をしてくれる。
(サイさん、なんだか楽しそう)
(確かに、上手にできたら格好いいかもしれない……)
サイ「練習したら上手くなる気がするんだ。 だからやっぱり、高いところからでもいいかな?」
その真剣な眼差しを見て、私は反対することができない。
○○「わかりました……頑張りましょう!」
サイさんは、高らかに紅茶を淹れるポーズを取る。
サイ「もう少し手を右に傾けた方がいいのかな?」
○○「はい……もう少し右のような気がします」
サイ「よし、淹れてみる」
けれど…-。
○○「……あっ」
水はカップをかすめて、こぼれてしまう。
サイ「でも、さっきよりは上手くいったね。 このまま○○と練習を続ければ、うまくできるようになる気がする」
サイさんの部屋の床は、水でびしょ濡れになっていたものの、彼は普段の印象とは少し違う、前向きな笑顔を見せたのだった…-。
それから数日後。
特訓につぐ特訓の結果、ついに……
サイ「お嬢様、紅茶はいかがでしょうか?」
私の目の前で、サイさんが高い位置から熱々の紅茶を注ぐ。
すると綺麗な弧を描いた紅茶は、こぼれることなくカップに入った。
○○「すごい! サイさん、大成功です!」
サイ「ありがとう。君が付き合ってくれたおかげだよ。 これで安心して、文化祭を迎えることができそうだ」
(よかった……)
サイさんの明るい笑顔を見て、心の奥がじわりと温かくなった…-。