街を見学した日から数日…-。
あれ以来、ヴァイリーさんになんとなく避けられている気がして、私は一人で城の近くの森へと来ていた。
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街の人『ご存じないですかい? 獣化の呪いが出たって』
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(あの時のヴァイリーさんの表情が忘れられない……)
??「君、一人?」
突然の声に驚いて振り返ると、一人の男性が立っていた。
赤黒い髪に、漆黒の瞳。
髪が長いことと背が少し低いことを除けば、ヴァイリーさんによく似ている…-。
私はなぜだか恐ろしさを感じた。
??「ヴァイリーに似ているって、思ってる?」
(えっ……)
頭の中を読まれたようで、胸がドキッとする。
ジェス「初めまして、ヴァイリーの弟のジェスです」
(弟さん……?)
ジェス「君がヴァイリーを目覚めさせた例のお姫様か」
○○「……っ!」
いきなり腕を掴まれる。
ジェス「本当、余計なことをしてくれたね」
ジェスさんの目には、私に対する明らかな敵意が宿っていた。
腕が折れそうなくらい強い力で掴まれ、体中に恐怖が走る。
(怖い……!)
○○「……っ!」
あらん限りの力を腕に込めて、なんとか彼の手を振り解いたけれど、その拍子に、地面に倒れ込んでしまった。
ジェス「おやおや……大丈夫かい?」
そう言って、ニヤリと笑みを浮かべながら私に歩み寄る。
(来ないで……!)
ヴァイリー「何している!?」
声をした方を見ると、ヴァイリーさんの姿があった。
○○「ヴァイリーさんっ……!」
すがるように声を上げると、ヴァイリーさんが猛然と駆け寄り、助け起こしてくれた。
そして私を背中にかばうように、ジェスさんとの間に立ってくれる。
ヴァイリー「てめぇ、どういうつもりだ!」
ジェス「やぁ兄さん。呪いは解けそう? そろそろ時間切れじゃないかと思って、心配してるんだよ」
ヴァイリーさんの顔が、さっと青ざめる。
ジェス「あれ、もしかして彼女、知らないの……? ……くくっ」
ヴァイリー「黙れ!!」
ジェスさんに殴りかかろうとするヴァイリーさんを見て、私は…-。
○○「ヴァイリーさん……!」
思わず叫ぶと、ヴァイリーさんはハッとした顔をして動きを止めた。
ヴァイリー「……わりぃ。オマエがいる前で」
ジェス「じゃあね兄さん。せいぜい彼女に嫌われないようにね」
ヴァイリー「待てっ……!」
ヴァイリーさんが声を上げたけれど、ジェスさんは瞬く間に森の奥へと消えて行った。
ほっとして胸を撫で下ろしていると…-。
ヴァイリー「……弟がすまなかったな」
ヴァイリーさんは申し訳なさそうに顔を伏せた。
(顔色が、すごく悪い……)
○○「ヴァイリーさ……」
手を伸ばそうとした時……
○○「……っ」
足に痛みが走り、私はしゃがみ込んでしまう。
ヴァイリー「おい、大丈夫か!?」
心配そうに、ヴァイリーさんが私の顔を覗き込む。
(さっき転んだ時に、くじいたのかな……)
ヴァイリー「ちょっと腫れてるな……ったく。ホラ」
ヴァイリーさんが私に背中を向け、おぶさるように促してくれる。
少しためらいながら、私はヴァイリーさんの背中に体を預ける。
○○「……あ、ありがとうございます」
(……広くて、温かい)
後ろから少しだけ見える彼の頬が、赤く染まっている。
(ヴァイリーさんも、照れてる?)
触れ合う部分から彼の熱が伝わり、心臓の音が大きくなる。
それが聞こえてしまわないよう、焦って言葉を紡いだ。
○○「お……弟さんがいたんですね」
ヴァイリー「仲はさっき見た通りだけどな。 ……いわく付きのオレが気にいらねぇんだろうな」
○○「いわく付き……?」
(……それって、さっき言ってた呪いのこと?)
(気になるけど……きっと、話したくないことなんだよね)
○○「……ヴァイリーさん、助けてくれてありがとうございました」
ヴァイリーさんは驚いたように、顔をこちらに向けた。
ヴァイリー「……聞かねぇんだな、さっきのこと」
すぐまた前に向き直るその顔は、どこか安心しているように見えた。
ヴァイリー「……オマエ、いい匂いがするな。陽だまりみたいな」
○○「え……?」
ヴァイリー「……っ! オレは、何を言って……!」
背中から伝わるヴァイリーさんの熱が一層増し、私も頬を染めた。
ヴァイリー「……オマエといると、調子狂う」
(……胸がふわふわする)
(なんだろう、この気持ち……)
不思議な感情で胸がいっぱいになって、私はそれ以上何も言うことができなくなってしまった…-。