○○ちゃんとこの国で過ごす、最後の日…―。
俺は彼女と共に、馴染みのダーツバーを訪れていた。
○○「あの……マルタンさん。私にもダーツを教えてくれませんか?」
マルタン「……○○ちゃんに?」
彼女の申し出に、俺はダーツを構えたまま少しばかり目を見開く。
(……ははっ。いつか教えてあげたいと思ってはいたけど。まさか、こんなに早く実現するなんて)
マルタン「いいね、是非に。一緒に楽しもう」
○○「はいっ」
ひときわ明るい声で返事をする彼女を見て、バーカウンターにいるマスターが微笑む。
そうして俺は彼女を手招きし、二人でスローイングラインの前に立った。
マルタン「○○ちゃん、ダーツの経験はないんだったね?」
○○「はい」
マルタン「よし、なら始めは軽い気持ちで投げてみよう」
俺に投げ方などを一通り教わった後、彼女は緊張した様子で的に向かってダーツを投げる。
けれど…―。
○○「あ……」
一本目のダーツは的にすら当たらず、弾かれてしまった。
マルタン「惜しい惜しい、最初は誰だってそんなもんだよ」
○○「難しいですね……」
マルタン「ははっ、大丈夫だよ。どれ少し狙う場所を変えてみよう」
そう言って、俺は……
○○「あっ……」
胸にほんの少しの悪戯心を抱きつつ、彼女の姿勢を正すため腰元に手を添え強く抱き寄せる。
マルタン「初心者は的の左下を狙うといい。こうして目と腕と的を一直線にして……」
○○ちゃんの耳元をくすぐるようにわざと低い声を出すと、腕の中の彼女は緊張したように体を固くし、ダーツを持つ指が震えていた。
(おや、これは予想以上の反応だ)
(……困ったな、ほんの少しだけのつもりだったんだけど。そんな反応を見せられたら、もっともっとからかいたくなってしまう)
マルタン「いけないな、○○ちゃん、君、緊張してるだろ」
○○「えっ……」
見透かしたように言うと、○○ちゃんは驚きの表情を浮かべる。
マルタン「もうちょっと、力を抜いて?」
○○「は……はい」
素直な返事とは裏腹に、彼女の体はさらに固くなってしまい……
(……ふっ)
マルタン「……っ、くくっ」
○○「え……?」
堪えていた笑いが漏れてしまうと、彼女が不思議そうに声を上げる。
マルタン「……そんな意識されたらたまらないな」
○○「なっ!?」
(ははっ、いい反応だ)
俺の真横で驚く○○ちゃんを見て、さらに笑いが込み上げてしまう。
○○「か……からかってるんですか?」
(っと、いけない。これ以上は怒らせてしまうか)
(それに……俺としては、このままただの冗談で終わらせたくもないし……ね。だから……)
マルタン「君次第、かな」
俺は笑いを抑えた後、低い声でささやき……
ダーツを構える彼女の指先に、そっとキスを落とした。
○○「……っ!!あ、あの……」
マルタン「はは……っ、君は本当に可愛らしいな」
頬を染め、瞳をせわしなく瞬かせる○○ちゃんを見て、再び笑いが込み上げてしまう。
(本当に君は、素直で可愛くて……俺としたことが、帰したくなくなってしまったよ。だけど……)
彼女の瞳を静かに見つめ、気持ちをどうにか自制した後、口を開く。
マルタン「別に、会いたかったらいつでも会いにきてくれていいんだ。君が俺の元を訪れる度に、俺は君を迎え入れるよ」
○○ちゃんの耳元でささやいた後、ダーツを持つ彼女の手に指を添え……
○○「あ……っ」
二人で一緒に投げたダーツは、的の中心に決まった。
マルタン「うん……君に決めるのも悪くないかな」
俺はわざと彼女の頬を掠めるようにして唇を耳に近付けた後、そっとささやく。
○○「……っ」
(おっ……と)
○○ちゃんの力が抜けてしまった瞬間、俺は腰に回した腕に力を入れ、抱きとめる。
マルタン「本当に可愛いね。こんな感覚、久しぶりだ」
○○「ま、マルタンさん!ほんとに、からかわないでください……」
マルタン「からかってないさ、俺は本気だからね」
冗談にとられてしまわないよう、想いを込めてささやく。
マルタン「さあ、君の答えは?」
(……なんて。こんな言い方はずるい、か)
俺に触れられる度に頬を染め、体を震わせる彼女の答えなんて……
マルタン「聞かなくても、わかってるけどね」
○○「マルタンさ…―」
彼女の返事を遮るように、口づけを落とす。
そうして俺は、心を支配する甘く芳しい感覚に……いつまでもいつまでも酔いしれていったのだった…―。
おわり