○○ちゃんとこの国で過ごす、最後の日…-。
(もうすぐ閉店時間か。急がないと……)
(何より、女の子を待たせるわけにはいかないからね)
俺はカフェテラスに残してきた彼女を思いながら、馴染みのブランド店へと足早に向かう。
…
……
マルタン「……ふぅ。無事に買えてよかった。 閉店間際にすまなかったね」
店員「とんでもございません。マルタン様、またいつでもお越しください」
マルタン「ああ、ありがとう」
こちらに向かって深々と頭を下げる店員を背に、店を出る。
(さて、それじゃあ急いで戻らないと)
俺は黒地の小さな紙袋を片手に、先ほど来た道を足早で歩き始めた。
(……○○ちゃん、喜んでくれるだろうか)
紙袋の中身に軽く視線をやりながら、彼女の反応を想像する。
マルタン「……ふ……」
(俺としたことが、プレゼントへの反応に一喜一憂するだなんて)
(まったく。相手は初々しいお嬢さんだというのに)
まるで思春期の少年のような自分の素振りに、思わず笑いが込み上げてしまう。
(だけど……)
(たまにはこうして純粋な恋に浸るのも、悪くないかもしれない)
(それにその相手が、ある日突然目の前に現れた君だということも……)
○○ちゃんのことを思いながら人混みをすり抜けると、遠くに彼女が待つカフェテラスの屋根が見え始める。
すると、その時…-。
街の女性「っ!」
マルタン「おっ……と」
雑踏の中でぶつかってしまった女性を思わず抱き留める。
マルタン「失礼。お嬢さん、お怪我は?」
街の女性「は、はい、大丈夫です。こちらこそよそ見をしてたせいで、ぶつかってしまって
……」
そう言って、女性は慌てて頭を下げる。
マルタン「いやいや、君が無事なら何よりだ。だから頭を上げてほしい。 そうしていては、せっかくの美しい顔が見えないからね」
街の女性「えっ? あ……」
俺の言葉に、女性は頬を染めながら頭を上げた。
マルタン「ははっ。初対面の女性に対して、少々調子に乗りすぎだったかな? ……っと、引き留めてしまってすまないね。それじゃ俺はこれで」
俺は女性に笑顔を向けた後、その場を立ち去ろうとする。
けれども……
街の女性「あ……あのっ」
マルタン「……うん? お嬢さん、まだ俺に何か用かな?」
俺の言葉に、彼女はどこか恥じらうような素振りを見せながら口を開く。
街の女性「え、えっと、もしよろしければぶつかってしまったお詫びというか。 その、これから食事でも、と思って」
マルタン「なるほど。食事……か」
(ああ、これは……)
俺を見つめる彼女の瞳は、どこか熱を帯びている。
けれども俺はその視線の意味に気づかないふりをし……
マルタン「とても魅力的なお誘いだけど、今は人を待たせていてね。 また次の機会があった時は、ぜひご一緒させてもらうよ」
街の女性「あ……そ、そうだったんですね。わかりました。 呼び止めたりしてすみません。では、私はこれで……」
俺がやんわりとお断りをすると、女性は雑踏の中へと消えていった。
(……うーん。少しもったいなかった……かな?)
(○○ちゃんに出会う前であれば、喜んでお受けしていたんだろうけどね)
マルタン「……っと、いけない。それよりも」
俺は手にした紙袋の中身を急いで確認する。
(……よかった、無事みたいだ)
彼女へのプレゼントであるフレグランスのボトルは、ぶつかってしまった後も買った時と同様に傷一つない状態だった。
(……これが駄目になってしまったら、台無しだからね)
俺は雑踏の中で人知れず胸を撫で下ろした後、再び足早でカフェテリアへと歩みを進める。
―――――
(……○○ちゃん、喜んでくれるだろうか)
―――――
(ふ……さっきは柄にもなく、あんなことを思ってしまったけど)
(君はいい子だから、素直に喜んでくれるんだろうね)
(だけど……)
その瞬間、視界に俺を待つ彼女の姿が飛び込んできた。
(……その内また、俺が教えてあげよう)
(香水を贈る行為は『相手を独占したい』という意味が含まれているんだよ、ってね……)
そうして俺は、胸に渦巻く○○ちゃんへの想いを大人の余裕で覆い隠しながら、彼女の座るテーブルへと歩みを進めるのだった…-。
おわり。