彼と様々な場所を巡っている間に、太陽はすっかり西へ沈んでしまった。
するとマルタンさんは……
マルタン「この辺りに俺の行き付けの店があるんだ。君さえよければ、俺にもう少しだけ○○ちゃんの時間を分けてくれないかな?」
○○「……はい」
照れながらも頷くと、彼は嬉しそうに目元に皺を作った。
…
……
彼が私を案内したのは、落ち着いた雰囲気のダーツバーだった。
○○「よくいらっしゃるんですか?」
マルタン「ああ、ダーツもそうだけど、こういった勝負事は好きでね」
店内ではちょうどハウストーナメントが行われるところで、マルタンさんはその勝負にエントリーした。
マルタン「……」
マルタンさんの狙い通りに、次々にボードにダーツが投じられていく。
(上手だなあ……)
思わず、彼に見惚れていると…―。
マルタン「そんなに見つめられたら、緊張しちゃうなあ」
けれど、彼はその後も狙いを外すことはなかった。
…
……
マルタン「君は、ダーツはやらないのかい?」
次々とトーナメントを勝ち上がったマルタンさんは、休憩に酒を一杯あおりながら私に話しかけた。
○○「はい、やったことがなくて……」
マルタン「そうなのかい、ならいつか君に教えてあげられたらな」
カランと、グラスの中の氷を鳴らしながら、マルタンさんが目を細めた。
マルタン「……おっと 決勝戦が始まるようだ」
○○「頑張ってくださいね」
マルタン「ああ、見ててくれよ。でもできることなら君の心も打ち抜きたいものだね」
○○「……っ」
マルタン「……はは、ちょっと口が過ぎたかな」
(勝負の前なのに、余裕たっぷり……)
おどけていたマルタンさんだけど、試合が始まると表情が一変した。
マルタン「……」
的に狙いを定めるその瞳は、いつもの柔らかさではなく、今は鋭さを帯びていた。
しん……と騒がしい店内が、そこだけ静かになる。
○○「……!」
彼の手から放たれたダーツが、いとも簡単に的を射ぬいていく。
(すごい……)
マルタンさんは予選同様、狙い通りのところへと、寸分の狂いなくダーツを投じていく。
そうして訪れたラストゲーム…―。
○○「もう少しですよ、マルタンさん……!」
手に汗握りながら見守る中、マルタンさんの手からダーツが静かに離れて…―。
マルタン「……」
ダーツが刺さる前に、マルタンさんの口元には勝利を確信する笑みが浮かべられていた…―。
…
……
○○「おめでとうございます!」
マルタン「ああ、かわいい声援送ってくれてありがと」
勝利にウィンクを決める姿すら、とても自然な仕草に思えて…―。
(こんな人と一緒の時間を過ごしてるなんて、なんだか夢みたい)
お酒が入っているせいか、先ほどからずっと胸の音が早い。
こうして彼との一日を充分に楽しんだ後、彼は私を宿まで送り届けてくれた。
…
……
○○「今日はありがとうございました、とっても楽しかったです」
マルタン「俺も君のような素敵な女性と時間を共にできて光栄だったよ」
○○「そんな、私の方こそ」
自然と唇がほころび、笑みが漏れる。
マルタン「……」
ふと私を見て押し黙ったマルタンさんに……
○○「……」
じっと彼を見つめると、深い瞳の色が、わずかに揺れた気がした。
マルタン「……参ったね、そんなに見つめないでくれないかい?」
○○「え……?」
帽子を下げ、マルタンさんが目元を隠す。
マルタン「俺としたことが……おやすみ、いい夢を」
そっと囁くように言って、帽子を胸元まで下ろす。
彼は嬉しさとも困惑ともとれない、不思議な表情を浮かべていた…―。