マルタン「よし、今日は○○ちゃんのために、オジサンが素敵なものをいっぱい教えてあげよう」
それから……
マルタンさんは私を、ヴァン・ブリュレの様々な場所へ案内してくれた。
見るからに高そうな高級菓子店に、センスのいいオシャレな雑貨屋……
マルタン「あの服なんて、君に似合いそうだね」
○○「どれですか?」
マルタンさんの視線の先のショーウィンドウには、桜色の上品なドレスが飾られていた。
マルタン「おいで、○○ちゃん」
手を引かれ、彼と一緒にショップの扉を潜る。
店員「いらっしゃいませ、マルタン様。今日は、可愛らしいお嬢さんをお連れですね」
馴染みの店なのか、店員さんはマルタンさんを見て、気さくに微笑んだ。
マルタン「このお嬢さんに表のドレスを。それに似合いそうなアクセサリーなんかも見せてくれるかい?」
店員「かしこまりました」
○○「え……」
マルタン「いいからいいから」
しばらくすると……
店員の女性はドレスと様々なアクセサリーを持って戻ってきた。
○○「綺麗なドレスですね」
(でも私にはまだ少し早いかな?)
パーティにでも来ていくような、ドレスを見て、困ったように笑うと…―。
マルタン「こういうのは好みじゃないかい?」
マルタンさんが、くすりと私に笑いかけた。
○○「見るのは嫌いじゃないです、でも自分では着る機会がなくて……」
マルタン「機会を与えてやるのは男の仕事だよ。俺がこのドレスに相応しい場所へ、○○ちゃんを連れて行ってあげよう」
○○「えっ……」
優しく、余裕のある眼差しを向けられて、胸の鼓動が少しだけ早まる。
店員さんの勧めもあって、試着室でドレスに着替えてみることにした。
マルタン「……どうだい?」
○○「ちょ……ちょっと待ってください」
(なんだか恥ずかしいな……)
まごつく手で、背中のホックを止めて、試着室のカーテンをおずおずと開ける。
○○「……どうでしょうか?」
マルタン「……っ!こいつは見違えたよ」
顎に指を掛けて、マルタンさんが感嘆の声を漏らす。
○○「おかしくないですか?」
マルタン「おかしなもんか、すごくいいよ。大人っぽくて、でも初々しくて……。こっちに来て、鏡の前で見てごらん?」
○○「あっ……」
腰をぐっと抱き寄せられて、ふわりと彼の首筋からほのかなフレグランスが香ってくる。
(なんだろう、この香り……甘くて落ち着いていて、いい匂い)
マルタン「ほら、とても綺麗だ……」
○○「……っ」
目の前に映っているのは、いつもとは違う私とマルタンさんだった。
彼は囁くように私の耳元へ唇を寄せて……
マルタン「やっぱり俺の思った通りだ、君に良く似合う」
低めの声が耳に届くと、心臓が大きく鳴った。
マルタン「君もそう思わないかい?」
○○「ありがとうございます」
マルタン「礼をいわれるようなことじゃないよ、俺は思ったことは口にせずにはいられない性格なんだ」
マルタンさんの長くて男らしい指先が私の髪をひと房すくう。
鏡の前で見せつけるように、彼はその髪に唇を落とした。
(どうしよう……)
恥ずかしさに、思わずうつむいてしまう。
マルタン「ごめんごめん、からかう気はなかったんだよ。ただ君を見てると……ダイヤの原石を見つけたような気がしてね。つい恋人みたく振る舞いたくなったんだよ」
○○「マルタンさん……」
大仰な言葉を自然に言う彼に、私はひとりでますます頬を染める。
マルタン「ああ、こんなこというと、もっと信用されなくなるかな、困ったな……」
優雅に口元へ笑みを浮かべるマルタンさんは、全然困っているようには見えなかった…―。