この日、議事堂前の広場で起こった衝突は鎮静まで長い時間を要し、夜にようやく収まると、広場は一時的に閉鎖された…―。
その顛末を、城に戻った私は侍女さんから聞かされていた。
(ミカエラさん、城へ戻るまで一言も口を開かなかった。きっと落ち込んでいるんだろうな……)
彼のことが心配になり部屋を訪れると、扉が微かに開いていた。
○○「ミカエラさん……?」
そっとノックをして中を覗いてみると、ミカエラさんが沈んだ顔で、窓の外から広場の方を眺めている。
ミカエラ「○○……」
その時、窓辺に立つ彼の手元に一枚の古い写真が見えた。
(これは……ミカエラさんの小さな頃?じゃあ隣にいるそっくりな人は……)
ミカエラ「兄のルシアンだよ」
○○「この方が……」
私の視線に気づいたミカエラさんが語り始める。
ミカエラ「兄が翼を黒くしてしまった……あれは不幸な事故だったんだ」
○○「ミカエラさんのお兄さんが……」
(黒い翼に……?)
ミカエラ「僕とルシアンと、もう一人……禁止区域の近くで遊んでいて、足を滑らせて禁止区域に落ちそうになった僕達を、ルシアンが庇って、それで……」
彼が遠い昔を悔いるように拳を握りしめる。
(……そんなことが)
ミカエラ「……だからこそ僕は、差別をなくしたかった。 兄と同じような目に遭う人を、これ以上出したくなかった……」
○○「それでミカエラさんはあんなに真剣になって……」
続く言葉が見つからず、私は白くなった彼の拳に手を重ねた。
ミカエラ「○○……」
彼の苦しげな表情に少しだけ穏やかさが戻る。
しかしその目は街の静かな光をじっと眺めていた。
ミカエラ「この国の裁きを司る者として、王子の僕がすべてを決めてしまうことは簡単なんだ。 僕はあくまで皆に納得してもらう形でことを進めたかったけど…―」
苦しげな声色が、私の胸を締めつける。
ミカエラ「きっと今回の事件で、黒い羽を持つ人達はますます立場を悪くしてしまうだろう。 彼らを追放しろという声まで上がり始めている……」
○○「そんな…―」
ミカエラさんが私の手を強く握り返す。
ミカエラ「だから……仕方がない……よね」
その目はこれまでよりずっと悲壮な覚悟を秘めていた……
それから数日後…―。
ミカエラさんは議会の場で、アルビトロの王子として命令を下した。
ミカエラ「……今後、禁止区域の管理を僕の直轄の部隊に命ずることにした。 また、黒い翼の者に対して危害を加えることは許さない。これらを、新しい法として制定を進める」
議員 1「そんな……!ミカエラ様も見たでしょう? 黒い羽の者達がいかに粗暴であるか!!」
議員 2「それに、禁止区域だって危険です!あれに近づくと……」
ミカエラ「……もう、決定したことだ!」
どんな反対意見が上がっても、ミカエラさんは頑なに受け入れず……
彼の一存を元に、議会を閉廷してしまったのだった…―。
城に戻ってきた彼は、疲れ切った顔をしていた。
○○「大丈夫ですか……?」
ミカエラ「……○○。心配をかけちゃってごめん」
力なく微笑む彼に胸が軋んだ音を立てる。
○○「あ、あの……」
その時だった。
○○「っ、ミカエラさん?」
彼の柔らかな金髪の頭が私の肩口にもたれかかった。
ミカエラ「僕は皆に納得してもらいたかった……わかり合いたかった、のに……」
小さなつぶやきの後に、沈黙が流れる……
ミカエラ「ごめん……これは僕の……ただのミカエラとしての君へのお願いなんだけど、今夜……僕の部屋に来てほしい……」
それだけつぶやくと、彼はうつむいたまま城の奥へと消えていく。
私は、小さくなってしまったその背中を見つめることしかできなかった…―。
夜が訪れ、彼の部屋に向かう私の気持ちは複雑だった。
(ミカエラさん……あの人の優しい心は、いったいどれだけ傷ついたんだろう……)
力なくうなだれた様子を思い出す度に、胸が苦しくなる。
そんなことを思ううちに、彼の部屋へ着き、私は静かに扉を開けた。
○○「ミカエラさん……?入りますよ?」
返事がないまま暗い部屋の中を進む。
ベットの上で静かに胸が上下するのが、ほのかな灯りの中に見えた。
○○「ミカエラさ――……あっ!」
その瞬間、私の体は手を引かれるままに、彼の上へ倒れ込んだ…―。
ミカエラ「○○……」
○○「え……?」
彼の淡い瞳が、月光を反射して寂しく輝く。
その表情は驚くほどに虚ろで、頼りなげだった。
○○「ミカエラさん……ですよ、ね?」
ミカエラ「うん……」
静かに瞬いて、彼が私を見上げる。
○○「大丈夫ですか?いつものミカエラさんじゃないみた…―」
ミカエラ「あんなやり方しかできなかった……でも、あれしか方法がなかったんだ……」
○○「え……?」
懺悔のような言葉が唇から漏れ、私はただ彼の瞳を見つめる。
ミカエラ「苦しいよ……○○。 ……お願い……今日だけ、僕のことを慰めて……」
○○「……っ」
瞳に映り込んだ深い悲しみを寂しさに声が出なくなる。
(誰よりも優しいから……誰よりも苦しいんだ)
傷ついた天使は、懇願するように私の手首をぎゅっと握りしめる。
ミカエラ「○○……だめ?」
○○「ミカエラさん……」
私は頷く代わりに、彼の額に唇を落として答え……
彼の傷が癒えるまで、いくらでも甘えて欲しいと……
夜が明けるまで抱きしめていた…―。
おわり。