いつの間にか陽は沈み、夜の帳が下り始めている。
部屋の片づけを終えた後、私達はソファに並んで座り、禁止区域のことについて話していた。
○○「……では、あの深い森の奥に禁止区域が?」
ミカエラ「……正確には森の奥にある天の国との国境付近なんだ。 昔からあの一帯は、黒い瘴気に包まれていて、立ち入った者の翼を黒く変色させてしまう……」
○○「ならあの日、街で見かけた黒い翼の方は――」
ミカエラ「……中には生まれながらに黒い翼を持つ者もいるから、彼が禁止区域に入ったかは分からないけど」
長いまつ毛を伏せ、ミカエラさんが言葉を継ぐ。
ミカエラ「禁止区域は呪いの地として役人達も近づきたがらないため、管理が行き届いていないんだ……そのせいで、中には誤って足を踏み入れ、翼を黒く染めてしまう者もいて……」
○○「そうだったんですか……」
不意に、ミカエラさんは夜に染まった窓の外を見やった。
ミカエラ「僕の双子の兄も…―」
(……お兄さん?)
彼の口から小さくこぼれた言葉に、私は…―。
○○「ミカエラさん、双子だったんですか?」
問いかけると、窓に向けられていた視線が私に戻ってきた。
ミカエラ「……うん。今はもう顔を合わせることもあまりないんだけど……」
○○「……」
ミカエラ「ごめん、僕の個人的な話を……」
私が言葉を紡げずにいると、ミカエラさんは重い空気を遠ざけるように柔らかく微笑んだ。
ミカエラ「……君のおかげで、随分と部屋が片付いちゃった」
見れば、部屋の床に並んでいた本も、すっかり元あるべき場所へ収まっている。
○○「お役に立てたなら良かったです」
クスリと笑い合った後、彼は他にも様々なことを話してくれた。
天の国とこの審判の国の関係。
そして、裁きを受けた者の流刑地となっている罪過の国のこと……
○○「……いろいろと難しい問題があるんですね」
ミカエラ「うん、でも少しずつ……着実に解決していきたいって思ってるんだ」
彼はそこで両手を祈るように硬く組んだ。
ミカエラ「近々、この国の行く末を決める議会が行われる。 その時、僕は禁止区域の管理問題と、翼が黒くなってしまった者への差別問題に切り込むつもりだ」
○○「ミカエラさん……」
強い意志が、彼の瞳に宿っていることがわかる。
(……本気でこの国の在り方を変えようとしているんだ)
ミカエラ「それが僕にできる、ルシアンへのせめてもの罪滅ぼしだから……」
(ルシアン……?罪滅ぼし……?)
聞きたいことはたくさんあったけれど、どうしてか、ミカエラさんの切なげな表情を見ると言葉を飲み込んでしまう。
ミカエラ「……君は優しい人だ」
そんな私を察したのか、
ミカエラさんは少し自嘲するような笑みを浮かべた。
そして…―。
○○「!」
背中とソファの間をミカエラさんの腕が通ったかと思ったら、腰元を引き寄せられた。
さきほどまでよりぐっと近くなった距離に、心臓が早鐘を打ち始める。
○○「あ、あの…―」
ミカエラ「ごめん。でも少しこのままでいてもいい?君は不思議な人だ。 姫と王子なのに……なんだかとても気が楽で。 片づけも手伝ってくれたしね」
○○「ミカエラ……さん」
クスリと笑いながら、私の髪を掬い耳にかける。
ミカエラ「でも……トロイメアの姫……君の目にはこの国が、どんな風に映ったんだろう?」
○○「それは…―」
ミカエラさんの顔つきはさきほどまでの柔らかなものではなく、ここアルビトロの王子としての凛々しさをたたえたものだった。
自分の考えを整理して、私はミカエラさんに真剣に言葉を返す。
(黒い羽を持つだけで差別を受けるなんて……)
○○「……まだ内情もよく知らない私が、こんなことを言っていいかはわかりませんが、ミカエラさんの気持ちと、私も同じ気持ちです」
ふっと、ミカエラさんの目が細められる。
ミカエラ「ありがとう。何より勇気の出る言葉だ。 もうすぐ議会の準備が整う。必ずそこで、一歩を踏み出してみせるよ。 だから、どうか君にその時は……議会の様子を見てもらいたい。 僕の心を後押ししてほしいんだ、○○……」
○○「あ……っ」
思ったより大きな彼の手が、私の右手を包み込む。
温かな体温には決意と優しさと、ほんの少しの不安が込められているように感じた。
○○「はい、ミカエラさん……必ず」
微かに震える手に、私の心が大きく動かされる。
(この人の力になりたい……)
私はもう片方の手を彼の手に重ねて、深く頷いたのだった…―。